NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第100回コラム(Jan/2011)
コラム100回記念によせて ~Wine People~
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

この著者のコラムを読む

更に表示

このコラムも節目の100回を迎えたとのこと。おめでとうございます。

サイト運営者はじめ皆様が長らくワインを通じてニュージーランドと日本との距離を近づけることに尽力してこられたことに、改めて深い感謝の意を表したく思います。これからも、せめてニュージーランド政府からその貢献が認められて表彰されるくらいまでは続けていただきたいと、勝手ながら思っております。

僕が初めてこのサイトを知ったのは、確かオークランド周辺のワイナリー巡りを計画していた時でした。現在と違い当時公開していなかったプロヴィダンスの場所がわからず、たまたま目にとまったきれいな日本語のサイトに問い合わせのメールをしたのがきっかけだったと記憶しています。そういえばその頃は、ワイナリーやワイナリー・ツアーの紹介、ワインニュースなどない、今ほど情報満載のサイトではなかったかもしれません。それからかなりの年月がたち、今ではありとあらゆるニーズに応えられるくらいのヴォリュームになりましたね。最近では知人がニュージーランドを訪れる際にお世話していただいたり、現在働いている会社でニュージーランドワインに関する質問が出たときも色々情報を頂いたり。些細なメールから始まったこの縁は、ニュージーランド国内にとどまらず、今でも広がり続けています。

これに限らず、思い返してみると僕は、これまでワインに携わってきた中で嫌な人にあったことはありません。単純かもしれませんが、飲むのが好きな人に悪い人はほんとうにいないのかもしれませんね。訪れてきたワイナリーではどこでも屈託のないホスピタリティとともに迎えていただき、無謀に徒歩でワイナリー巡りをして道に迷っても、誰かが声をかけてくれてそこまで一緒に乗っけてってくれたり。遅くまでワイナリー回りすぎて最終バスや電車乗り過ごしても、ワイナリーのスタッフが家まで送ってくれたり、泊めてくれて夕飯ごちそうしてくれたり。オーストラリアで夜間通ったワイン学校でもたくさんの友達ができて、一緒にワイン産地をたくさん旅しました。ニュージーランドの学校では、国境を越え今後の目標を同じくするクラスメイトと、共にワインをつくることで深くわかりあうことができました。卒業後、さまざまな場所で実際にワインづくりに携わっても、それは同じでした。どこにいっても、知識面でも人間としても尊敬できる上司と、明るく楽しいチームメイトに恵まれました。

僕は今の今まで、ただただラッキーだっただけでしょうか?ワインを中心に駆け抜けてきた人生では常に誰かに助けられ、支えられてきました。

みなさんが足しげく参加しているワインセミナーにくる広報担当者は、自身に不利になるような情報を滅多に伝えません。生産者が取捨選択した内容をバイヤーに、そのインポーターがさらに都合のいい内容だけをピックアップして誇張し、消費者に伝える。その過程で、最初のワインのかたちはゆがみ、顔のないワインが市場にあふれ続ける。昨今ではさらにややこしいことに、自然派を語ることで武装した実態のないワインも散見されます。

しかし、ブドウとワインづくりの現場内には、一切の隠し事はありません。地域や世界中の皆がみな、問題点を話し合い、自分のとこではこうしてみたけどそれはどうか、こうなってしまったんだけどどうすればいいかと、ビジネスでは競争相手であるはずの同業者と繋がっています。急に機械や人手が足りなくなれば助けてもらい、そのお礼をビールで返したり。こんなすばらしい業界、たぶん他にはそれほどないのではないでしょうか。ビールを片手にたわいもない話をしているとき、ふとした瞬間に、そこにいる幸せを感じることがよくあります。

ニュージーランドという新しい土地では、この栽培法ではどうか、この樽はどうか、この品種のがいいんじゃないか、このシステムうちでも使ってみようか。みんなそこから始まりました。しかし今や毎年ニュースターが現れ、世界市場で安定した名声を手に入れた生産者も少なくありません。一度マーケットで好評価を得ると、年ごとにブドウの質が違うといえ、それと同じ作り方をするよう「上」から強いられることもしばしばです。頑固親父がひとりで成功させたラーメンチェーンの、門外不出、秘伝の味。信頼できる安定感、それはそれですばらしいことですが、自らの可能性が閉ざされかねません。

しかしここはニュージーランド、チャレンジの大地。確立したスタイルに満足せずにあえて会社を辞め、自分でワイナリーを立ち上げた人間がたくさんいます。名前を挙げたらきりがありませんが、彼らは自分の作ったレシピを後進にわけあたえながら、時には意見を求めて協力しあい、さらに新しい味を生み出してゆくのです。この挑戦の連鎖こそが、我々に尽きることのない好奇心を抱かせつづけるのでしょう。

ニュージーランドワインの傍らには常に、エキサイティングな、それでいて努力の跡がにじんでいるような創造がころがっています。何故か、日頃同列に扱われる新世界の生産国と比べても、それをより強く感じさせられるのです。願わくば、目が離せないその進化を外から見守るのではなく、この温かい人の輪の中にこれからも身を置いていたい。そう、思います。この先もワインを飲み続けることで、このサイトをご覧の皆様が培われてきた人の輪とも、いつかどこかで繋がりが生まれることを、とても楽しみにしています。

改めましてコラム連載100回達成、おめでとうございます。ニュージーランドに、乾杯!

2011年2月掲載
SHARE