NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第130回コラム(May/2013)
父の言葉と日本とワイン
Text: 金澤睦実/Mutsumi Kanazawa
金澤睦実

著者紹介

金澤睦実
Mutsumi Kanazawa

子育て、親の介護を卒業し、目下、第2の青春を逆走暴走中。2010年9月に永住目的でNZ在住開始。ワインに関しては100パーセントの消費者です。学生としてナパ在住中は自称「ワイン愛飲学専攻」。ご招待を頂いた時以外は、高級ワインにはとんと縁はないですが、「皆勤賞」をもらえる程のワイン好き。食事とワインを片手に、友人たちとの時間を楽しむ事にかけては専門家です。ニュージーランド初心者の目で見たワインに関する発見と、ワインとKiwiの人たちの生活について、自己学習のつもりでのコラム投稿を企てています。

この著者のコラムを読む

更に表示

初対面の方とインタビューをした時の第一印象とその後の印象とはあまり変化がないものだと思っていました。ところが今回ご紹介するナスタージャ・バークさんは、若いにも関わらず、ブリリアンカットのような多面性を持つ、魅力的な女性です。

西オークランドを発祥の地とするリンカーン・ヴィンヤーズは1937年営業開始という歴史あるワイナリーです。地元ヘンダーソンの“メイン・ストリート”にショップを構え、コストパーフォーマンスのあるワインを売る店として時折通っていました。それが昨年末に取り壊され、何となくこの辺の景色とはそぐわないモダンな店が出現し、名前もブランク という、しゃれたところとなりました。知人に、「あの店には日本に長く在住し、日本語ペラペラの人がいるよ」と言われ、物珍しさから偵察に行くことに。先入観から、オタク系の人物を想像し、それらしき人に声をかけると、「僕じゃなくて、あのカウンターにいる人」とうら若き女性を指すではないですか。私の英語が悪かったのかもしれない、と思いつつ、その女性に確認すると、捜し求めていた人でした。日を改め、インタビューをさせてもらうことに。

会うまでにナスタージャさんのツイッターとブログは読ませてもらっており、大体の印象を自分なりに作り上げてはいたのですが、約束の場所に現れたのは、第一印象とはまた違う、大きな目がキラキラとしたエネルギー全開の女性。一通りの自己紹介の後、聞きたいことは山ほどあったのですが、ざっくりと「どうして日本へ?」「どうしてワインにぞっこんなの?」から行くことにしました。

「13歳の時、選択科目にフランス語、ドイツ語そして音楽を選ぼうと思っていました。でも父が『これからは日本語を学ぶのが将来に良い』と言い、何だか素直に聞いてしまったの。翌年、オークランドの姉妹都市でもある福岡に青年大使として2週間のホームスティに行きました。一年間だけの日本語勉強だけでは、語学と文化の壁にぶち当たり、かなり文化ショックを受けて戻って来ました。その後、一身発起し、日本語の勉強に猪突猛進。その結果、翌年は日本語のスピーチ・コンテストで優勝。その優勝賞品が、福岡旅行だったのですが、もう一度行かせてもらっていたので、2位の人と賞品交換して、お買い物券とお食事券をゲットしました。17歳の時に日本で勉強出来る奨学金の存在を知りました。でも、その時に一番熱をあげていたのがボーイフレンドだったので、断念するつもりでした。それを両親に告げると、父の『試しなさい』の一言でまた開眼。面接試験では、日本人らしく見せようと、かんざしの代わりに髪の毛にお箸を刺していきました。」

そして多感な18歳からの10年間の日本滞在期間中、奈良の白鳳女子短期大学で日本文化と日本語の切磋琢磨。卒業式には卒業生を代表し答辞を読むほどまでとなり、その後就職。そこでの職場が彼女の次の熱情を捧げるプロジェクトとなるワインとの出会い。オフィスマネージャーとして働く中、時折のお得意様接待も業務の一部で、もうバブルは終了していた日本でもドンペリやオーパス・ワンなどの高級品がふんだんに振舞われる会食を重ねるうちに、どっぷりワインの魅了されてしまいました。思い込んだら、どこまでも追求するナスタージャさんはまだ日本にいる頃から、それまで余り馴染みのなかったニュージランドのワインを勉強し始めました(その教材となったのが、このサイトだったそうです)。

ニュージーランドに戻ってからはご家族が働くブティック・ホテルで勤務する中、本格的にワインを勉強することにしました。ワイン・スピリット教育財団(WEST)資格の初心者と上級のコースを終了し、今後はディプロマ・コースを目指します。最終的には、マスター・オブ・ワインの資格を取りたい、とのこと。これはニュージランドにはまだ9人しかいないです。(ちなみに日本に一人いる人は、日本生活の長いオーストラリア人の方です)。

現在勤務するブランクには世界各地のワインが、あらゆる価格帯で備わり(ヘンダーソンではとても珍しい)、さらには、クラフト・ビールやモルツも販売しています。彼女が率先し、まだニュージランドに入っていないワインを特別ルートで仕入れたり、ツイッターを通じ世界中のワイン専門家と情報交換、情報発信をしています。「私が心がけているのは、普通の人の言葉でワインを描くことです。専門家っぽい言葉で言っても、消費者には理解できないし、いいアドバイスにならないと思います。」個人的にまさに同感です。

毎朝出勤して最初にすることは、店先からの掃除だそうです。理由を聞くと「玄関が清潔でないといい“気”が入ってこない、と日本で学んでいたので、店内を清潔にすることを心がけています。」それを裏づけるように、昼間にも関わらずひっきりなしにお客さんがやってきます。ふと気が付くと、ビール大量購入のお兄さんたちは、当然のように店先で靴を脱いでから入ってくるではないですか。日本でも店先で靴を脱ぐなんてことは見たことなかったので、びっくりしました。

アイルランドとトンガ出身のご両親を持つ彼女は食べ物とワインの意外な組み合わせにも関心があります。ご両親の出身国は、もともとワインを飲む習慣は殆どなく、日常食べるトンガの食事とワインの組み合わせを考えるのも楽しい、とのこと。「職場でテースティングを終え、帰宅後またワインの分析の為に飲むので、どうもうちの両親は私がアル中ではないかと心配しているの。」そのためにも健康には非常に気を使っているようです。日本でもプログラムが取り入れられているレズ・ミルズというスポーツジムに週に5回通いRPM(日本ではボディ・バイク、と言っている)をしています。これは、一度だけ試したことがあるのですが、レース用の自転車を固定し、音楽に合わせて、傾斜、強度を変えてひたすら自転車をこぐかなり体力がいるもの。こちらではとても人気あり、ナスタージャさんが現在熱を上げているものの一つだそうです。

もう一つお父上のお言葉があります。「時間が迫っている。結婚しなさい」です。「こればっかりは、すぐには言うこと聞けないわ。9ヶ月もワインを飲まないとせっかく鍛えた私のワイン舌が変わってしまう」と今はワイン一辺倒。

彼女の言葉選びはとてもカラフルで、聞いているだけで、目の前に彼女が新しいチャレンジにどう立ち向かっていくかが見えてきそうです。それは彼女のブログの軽快なリズムでの書き言葉でもそれがわかります。インタビュー後も何度か会う機会があり、その度に彼女の持ち札の多さにいつも驚かされます。もっともっと面白いことをお話したいのですが、紙面(?)の都合上、今回はここで打ち止めさせて頂きます。そうそう、日本滞在中『さんまの恋のから騒ぎ』にもセミ・レギュラーとして出演したこともあるそうです。この続きと、彼女のパワーと魅力を感じたい方は是非ともクメウのワインカントリーに行く途中に彼女の働くブランクにお立ち寄り下さい。そうそう、日本酒も置いてあります。これから寒くなるこの地では、非常に魅力的な在庫です。

2013年6月掲載
SHARE