NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第118回コラム(Jun/2012)
極上のスマイルと、幸せなワイン
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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さて、本2012年ヴィンテージ、ご無理をいって滞在させていただいたのは、マーティンボロの昇り竜、Murdock James/マードック・ジェームズです。ワイナリーのルーツ自体はこのエリアでもかなり古参に入るワイナリーですが、ここを買収した際、父の名前を冠したワイナリーにしたのが、ファウンダーであるロジャー・フレイザーとその奥さんのジル。現在は息子のカールがワインメーカーとしてバリバリ働いており、その将来はとても明るいようです。町の中心から10キロほど離れた場所に構え、お洒落なレストランも併設したワイナリーから見渡せる畑は見事な広さですが、現在新しいブロック含め持ち畑は全てマーティンボロのエリア内にあります。

訪問時からしばらくは、あいにくの雨・雨・雨。今年大幅に新しく増築したワイナリーでは、一番忙しいシーズンが過ぎてわずかなブドウを待つのみとなっており、かなり落ち着いていました。スタッフは皆、去年までのハンド・プランジング(発酵中の人力によるパンチ・ダウン/櫂つき)ではなく、今年新しいワイナリーにさっそうと登場した機械式、メカニカル・プランジャーに酷くご満悦のようでした。男はヤハリ世界共通で皆、新しい「メカ」が好きなのです。

ワインメーカーのカールは、とにかく笑顔が最高。何故か会った瞬間、Don't trust the skinny baker(痩せっぽちのパン屋のパンはおいしくない)という言葉が頭をよぎりました。その無邪気な笑顔、落ち着いた話し声と物腰は飲む前から彼のワインに信頼を抱かせます。聞けば実は、前職は学校の先生だったとか。納得です。そんな彼に心酔しきったロコとウィンストンの2匹のワイナリードッグが、ワイナリーの2階にあるラボまでせっせと急な階段を駆けあがって彼を追いかけていくのは、マードック・ジェームズ・ワイナリーのほほえましい日常の一部です。

彼のワイン観はなかなかに繊細なもので、それはワインにも表れています。また、ややOverpricedな値段に疲れることもあるマーティンボロではどのワインもリーズナブル。長女リアノンの名前を付けたピノ・ムニエ100%のロゼや、他のワイナリーでもおしなべて好印象なものが多かったのですが、マールボロよりウェイトがあるものの酸を失わずかつ華やかなソーヴィニヨン・ブラン。そして中でも彼のセンスが光ってるな、と感じたのがBlue Rock Unoaked Chardonnay。澱との接触を上手にコントロールしており、オークの助けなくしても飲みごたえまで感じさせるテクスチュアです。

滞在時にまだ樹にぶらさがっていた数少ないブドウのひとつ、カベルネ・フランのみからもニュージーランドでは珍しくワインをつくっており、2009のものはグリーンすぎないleafyな感じに爽やかなミントのヒント、スパイシーさとセイヴリーさもある興味深いものでした。「しっかり酸もあるし、ウチのはどちらかというとロワール寄りのスタイルじゃないかな。パンプ・オーヴァーもしないし、かなりリダクティヴにしてニュアンスを大切にしているから、一切新樽も使わないんだよ」とのカール談。去年のものも8樽全てバレル・テイスティングをさせていただきましたが、どの樽のフランもみずみずしいその持ち味とそれぞれのオークとがちょうどぴたりとマッチしかかっているところでした。

「彼は何でも、ピノ・ノワールのように扱うのよ」、ワインづくりのことはそこまで詳しく知らないけれど、とうれしそうに語るのは、その昔ワインショップをしていたころにカールと知り合ったという奥さんのニコラ。きっとピノを大事に扱うように、家族に対してもそうなのでしょう。さすがワインのコラムニストもする奥様、コメントも的を射ています。

時折、さすがに顔に疲れも滲ませたカールですが―「疲れてるって?うん、今年はワイナリーを新しく増築するのに、収穫のかなり前からはしゃいじゃってたからね~!(屈託のない笑顔)」―、忙しい最中、畑を見上げるワイナリー横の彼の自宅で、贅沢なラムとあと数本しかストックのないシラーとの極上のマリアージュを楽しませていただいたことや―「今プレス後のブドウの果皮を牛に食べさせてるんだ。ラムもいいけど、すごくおいしくなりそうで今から楽しみだよ!(満面の笑顔)」―、何一つ隠すことなく、ワインづくりについて長い時間を割いて熱心になんでも教えてくれたこと―「もともと先生だったからね。質問されるのが大好きなんだ。特に…ワインについてはね!(何度もうなずきながら笑顔)」―は、これからも忘れられない思い出となることでしょう。

「本当は、今年はどこもそうなんだろうけど今年は思ったより量がいかずに、イッペイが来るまでなんだかんだ結構落ち込んでたりしてたんだよ。それでも、来てくれてありがとう!」(もちろん超笑顔)

しかしまぁ、どうすればこんないい人になるのでしょうか…ニュージーランドが育むのは、いいブドウといいワインだけではないのですね。自分の生き方についても、学ぶところが多い滞在となりました。

そして、2匹の犬だけでなく(家にはさらに彼をしたう猫もいます)、スタッフにも愛され、小さな娘さん二人に囲まれた彼の新たなる門出ともいえるシーンに立ち会えたことは本当に幸運なことだったと、カールの笑顔とその笑顔に引き寄せられたスタッフの顔が頭をよぎるたびにそう、心から思います。

2012年7月掲載
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