NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
西オークランド・ワイナリー探訪、グレーター・オークランドの光と影
第187回コラム(Feb/2018)
西オークランド・ワイナリー探訪、グレーター・オークランドの光と影
Text: 細田裕二/Yuji Hosoda
細田裕二

著者紹介

細田裕二
Yuji Hosoda

JSA認定“ソムリエ”、SSI認定“国際唎酒師”。2014年から4年間オークランドに居住。シェフとして働くかたわら、北から南まで数々のワイナリーを訪れ、ニュージーランドワインに存分に浸る。帰国後は東京にて複数店舗を展開する飲食企業に勤務。和食とワインのお店を切り盛りするかたわら、社内のワイン講師やワイン関連のプロモーションを任される。 ヨーロッパからの自社輸入ワインのみを扱うお店にて、お客様にニュージーランドワインの魅力をささやく毎日である。

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オークランドのワイン生産エリアでまず名前が挙がるのがワイヘキ島、そしてマタカナ、クメウでしょうか。その他クレヴドン周辺や、空港近くのヴィラマリアを含むオークランド南側のエリア、クメウの少し手前、西オークランドのヘンダーソン周辺にもワイナリーが点在しています。

今回はこのヘンダーソン周辺に散らばるワイナリーを探検してきました。

ヘンダーソン・エリアにはオークランドのシティ・センターから車で16号モーターウェイを使って20分ほどという、大変便利なところです。とは言っても、日本より信号も交通量も少ないこちらでは、同じ時間でも移動できる距離が違いますけれども。ヘンダーソンには電車の駅やショッピング・モールなどもあり、街も結構充実しています。

調べてみると、この付近には結構な数のワイナリーがあるようです。正確には『あった』となるのですが。

16号モーターウェイをリンカーン・ロード(Lincoln Road)で降りそのまま走ると、間もなく最初に目につくのが『マズランズ・ヴィンヤード(Mazuran's Vineyard)』。こちらはちょっと変わったワイナリーで、シェリーやポートに代表される『酒精強化ワイン』を得意とし、それらに添加するブランデーも自前で作っています。クロアチア移民のジョージ・マズラン氏が興したワイナリーの歴史は1938年からと古く、数々の受賞歴や、ニュージーランド・ワイン界での功績を称えられ、2005年にはニュージーランド・ワインの殿堂入りを果たしています。

交通量の多いリンカーン・ロードに面した入り口には看板もあり、大きくMazuran'sと書かれてはいますが、一見するとそこにワイナリーがあるような佇まいではありません。この忙しい道では見逃して通り過ぎてしまいそうです。入り口からちょっと入って奥まったところに、創業時から続く古く小さなセラードアーがあります。

以前来た時にはセラードアーの裏にブドウ畑があったはずですが、どうしたことか今はただの草むらになっています。その脇には醸造用のタンクも残っていますが…。現在ワイナリーを切り盛りしているアントニーさんに聞くと、いまは仕入れたブドウを使って、ギズボーンにてワイン造りをしているのみだそうです。詳しい理由はわかりませんが、歴史のあるワイナリーでも同じ形を維持していくことの難しさを感じます。

さて調べたところ、マズランズの周辺にもいくつか他にワイナリーがあるはずですが、探せど探せど一向に見当たりません。代わりにこのリンカーン・ロード沿いにはたくさんの商業施設が立ち並んでいます。一体どうしてしまったのでしょうか。

気を取り直して、街から少し離れたところにある『バビッチ・ワインズ(Babich Wines)』を訪れます。

辺りには新しく整備された綺麗な住宅街が立ち並びます。その住宅街を抜けていくとバビッチ・ワインズにたどり着きます。大きな敷地の中にはセラードアーのある母屋、ブドウ畑、醸造設備もあり、かなり整ったワイナリーです。このバビッチ・ワイナリー、現在も同じファミリーが経営しているワイナリーとしては、ニュージーランドで最も古いそうで、1916年から続いています。前出のマズランズ同様、クロアチアからの移民であるヨシップ・バビッチ(Josip Babich)氏が、20歳の時にニュージーランド北部でワイン造りを始めたのが最初。その後現在の西オークランドに本拠地を移し、現在は二代目とその息子たちである三代目がワイナリーの中心で働いています。

このワイナリー、海外輸出のしめる割合がとても多く、生産量の8割にのぼります。早くから輸出に目を向けたのがその後の成功に結び付き、現在では世界50か国に輸出しているそうです。中でも大きなマーケットはやはり中国。日本にも輸出されていますが、まだまだ割合は少ないそうです。これからですね。

「最初の輸出向けワインを積んだコンテナがドイツへ旅立つとき、傍らで創業者のヨシップは泣いていたそうだよ。自分の生まれ故郷であるヨーロッパに自分のワインが帰るのだと。」とエピソードを語ってくれたのは、セラードアーで応対してくれたジェイク氏。

このジェイク氏は栽培・醸造それぞれの現場を経て、セールスに抜擢されてきたそう。今回は色々な現場を知る彼が、時間も忘れて情熱をこめてバビッチ・ワインを色々説明してくれ、10種類以上に及ぶ試飲を通して、彼らのワインの質の高さ、ワイン造りへのこだわりなどを熱く語ってくれました。彼も誇りをもってここで働いています。私も彼の話を通して、すっかりワイナリーのファンになってしまいました。余談ですが彼は居合道の有段者だそうです。すごいですね。

次に訪れたのは、バビッチからほど近い『プリーザント・ヴァレー・ワインズ(Pleasant Valley Wines)』。こちらも入り口から見るとワイナリーという趣きではありません。倉庫の間を忙しそうにフォークリフトがワインボトルを運んでいます。傍らにあるセラードアーならぬ、事務所を訪ねてみました。

応対してくれたのはオーナー夫人。事務所ではもちろんこちらの銘柄のワインも売っています。しかもどれも10ドル台前半!!シェリーやポートスタイルもあります。

話を聞くと、以前は敷地内にブドウ畑も持ち、ワイン造りをしていたそうです。ですが、現在はオークランド周辺のワイナリーから仕入れたブドウでワインを造り、売っているのだそうです。お客さんは大体この地域のローカルということ。

一方で現在のメインビジネスは、醸造設備やボトリング設備をもたないいくつかのワイナリーに代わって、それらをこちらで行っているのだそうです。

なるほど、確かにこちらで売られているワインのラベルには、産地名にワイヘキやマタカナといった高級産地名が踊っています。以前こちらでワインを購入した際、もしかしたら中身は有名ワイナリーのワインかもしれないよと言われたことがあるのですが、ということは醸造・瓶詰めした有名ワイナリーのワインの一部を、こちらのブランドとしてローカル向けに売っているのでしょうか。だとしたら、非常にお得です。

プリーザント・ヴァレー・ワインズからヘンダーソン・ヴァレー・ロードを東へ走っていて、事前情報なしに偶然見つけたのが『フィノ・ヴァレー・ワインズ(Fino Valley Wines)』。「ワイン・シェリー・お酒とブドウ売ってるよ」的な簡単な立て看板が出ているだけです。恐る恐る入って行くと、ブドウ畑の脇に、小さいながらも醸造施設と簡単なセラードアーがあります。農家がやっているマイクロ・ワイナリー的ないでたちです。

ブドウの収穫が始まった時期ということもあり、セラードアーで生食用ブドウを売っています。見ていると地域の奥様方が車でひっきりなしに訪れ、ブドウを買って行きます。

さて、こちらのご主人と思しき男性はちょっと風変わりな感じで、何を聞いてもほぼ一言二言しか返答してくれません(笑)。あまり商売っ気のない職人的な感じですが、調べてみるとFacebookページなどもありました。

売っているワインは他の産地から仕入れたブドウで作る通常のワインと、こちらで栽培したブドウで作るシェリーやポートなどの酒精強化ワインです。通常のワインは一本7ドルで売っていたりします。激安です。これだけ安いと大丈夫なものなのか、逆にちょっと不安になったりしますけれども。どうやら長く続いているワイナリーの様ではありますが、どちらかというと地域の方向けの商売を細長くやっているのでしょうか。

さて今回、西オークランドでワイナリーを探索してみましたが、事前に調べた11軒のうち、現在もあったのは3軒のみ、偶然見つけた1軒のフィノ・ヴァレーも含めて、ちょっと語弊があるかもしれませんが、ニュージーランド・ワインの最前線で積極的にビジネスをしているのはバビッチ・ワインズだけという印象でした。

見つからなかったワイナリーたちはどうしてしまったのでしょう。

マズランズのアントニー氏は、「みな老いて、閉めてしまったのだ。」と言いましたが、バビッチのジェイク氏、プリーザントのオーナー夫人からは違う答えが。それは人口増加による周辺開発でした。

実はこの西オークランド地区、オークランド周辺ではかなり古くから果樹園などがたくさんあった地域で、ワイナリーがあるエリアの中でも歴史は古い方です。現存するワイナリーがどこも古くからあるのはそのためです。

ニュージーランドの他の地域や、他国からの移民などで人口が増え続けるオークランド。現在はThe Auckland Unitary Planの下に、人口増加に対応するべく、住宅や街の整備などを急ピッチで行っています。このヘンダーソン周辺は、前述のようにオークランド・シティ中心からも近く、再開発すれば利便性が非常に高まる地域でした。

今回訪れたワイナリーの跡地は、一部施設が残っているところもありましたが、ほとんどが宅地化されていたり、大きな商業施設ができていたりしました。

ある場所ではワイナリーがあった名残でしょうか、新しい住宅街の中に『Merlot Way』と名付けられた道がありました。

そして現在はクメウにある『ソルジャンズ・エステート(Soljans Estate)』や『ウエストブルック・ワイナリー(Westbrook winery)』は、元々リンカーン・ロード沿いにあり、周辺開発を機に移転したそうです。

今回のワイナリー探訪、最後に訪れたのは『アーティザン・ワインズ(Artisan Wines)』。実はこちらは今年の初めにそのドアを閉めました。理由は再開発によるものではなく、オーナーの健康上の理由だそうです。オーガニックを取り入れたブドウ畑では羊も飼っていて、ある日訪れた時には子羊がメェーメェーと鳴きながら私の方に駆け寄ってきて、可愛さに思わず撮った写真を自分のSNSの写真に使ったりしています。それ以来何回か訪れている個人的な思い出のあるワイナリーでした。前回の訪問は去年でしたが、すでに在庫処分が始まっていました。

今回あらためて訪れてみると、同じ敷地内にあるオーガニック・マーケットはまだ毎週末やっているようですが、セラードアーはすでにレストランとして営業していました。ブドウ畑は残っていましたが、手入れをされている様子もなく、あの日の羊たちもいませんでした。

今回のワイナリー探訪に若干の寂しさを覚えつつ、帰路につきました。

2018年3月掲載
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