NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第76回コラム(Feb/2009)
ニュージーランドワイン・サステイナビリティ その3 Re-Cycle/リサイクル≠資源ゴミ
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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ワイナリー・ツアーに参加したことはありますか?もちろん汚いところもありますしそれを誇っているようなところもありますが、大抵のワイナリーで見られるのは、カビひとつないタンク、新品と見まがう機械類、ぴかぴかのフロアー…ディズニーランドがいつもきれいなのと同じように当たり前に思われるかもしれませんが、一体どうやったらこうもきれいに保つことができるのでしょうか?

「おいお前ら、ブドウ栽培に一番重要なのはなんだと思う?」ふてぶてしくジェフが尋ねます。土?日光?いやベタに情熱とか?色々なことを思い浮かべていると待ちきれなくなったのかせっかちなジェフは自ら答えをくれました。「それは水さ」

そうです、水なんです。掃除するのにもタンクを洗浄するのにも必要なのは水、亜硫酸やらワインの清澄剤やらを溶くのも水、畑の灌漑も水なら休憩中のコーヒーだって水なしにはできないんです。水、水、水!これなくして成り立つ産業など皆無であり、およそ全ての生物は生きることすら適わないのです。静岡は沼津、富士山の湧水で育った自分も貴重な体験をしたことがあります。アメリカ滞在時には送水ポンプの故障で急に水がでなくなることがありました。シャワーを浴びられないし仕方ないからそのまま会社に行くか、くらいは頭が回るのですが、トイレを流すこともできなければパスタを茹でることもできないということには用を足したり台所に実際に立つまで全く気がつきませんでした。やむなくパンを焼いてベーコン・エッグを作ります。すると今度は、使ったそのフライパンやぽ~んと流しに投げたフォークなどが洗えないことに気づくのです。お前アホかと思われるかもしれませんが、水があることが当たり前の生活しかしていないと、こういったことには実際経験するまであらためて気付かされないものじゃないですか?

渋い顔をしてぐるっとあたりを取り囲む水路を説明しながら、「オタゴは全く水もちが悪くてかなわねぇ。だからよ、ことさら水を使うし、どこよりもその品質と、サステイナビリティに気を配らなきゃならねぇ。あっちに最新のプラントがあるから、少し歩こうや」

「ブドウがよ、収穫された時のpHはいくつよ?じゃあ黒ブドウが発酵してからプレスされた時は?そうだ。どっちにしろものすごく酸性だろ。じゃあそれを単純に“土に返す”、とかほざいてほっぽかしたらどうなる?まぁ当然、土壌は酸化するわな。んでそこでこいつの登場だ」

つーん、とした酸っぱい匂いが近づいてきました。

専門家でないので詳しいところまでの説明は避けますが、まずは搾りかすをコンクリートでできたスペースにため、スクリーンを通して固体と液体に分離します。ここでは下からブローワーで空気を送り好気的状況を作っています。(堆肥づくりについての詳細はまたいつか触れたいと思います)しみ出た水とその他排水は2基の沈殿用タンクに移され、大雑把に固形物を取り除きます。エアレーターで酸素を含まされた水は全長450mの小川のような湿地にある最初の区画に流され、最終的にゴールにたどり着くまでにラウポ、トイトイなど6種類の土着水生植物が養分補正、汚染物質除去などを行い、植物の力で酸性であった排水が使用可能な中性になるという仕組みです。さすがにワイナリー全てで使用する水をまかなうことはできないそうですが、この水の少ないオタゴの畑の灌漑用の水として活躍しているようです。水の少ないオーストラリアをはじめいくつかのワイナリーですでに採用されているこれは、地球の浄化システムの小規模版といえるかもしれませんね。

本屋さんで海外留学のための本をぱらっとみると、ホームステイの基礎知識とか失敗談なんてのが毎回あるのですが、そこには必ずといっていいほどシャワーを浴びすぎだと怒られたとか、食器の洗い方が汚くてびっくりしたとか書いてあります。日本でも倹約家でなくても食器の浸け洗いをされる方はいらっしゃるかと思いますが、それを水ですすがず泡のついたまんまで終わり、というのにはびっくりさせられるでしょう。自分はいまだに、そして今後も慣れることはできないと思います。(しかもそれをスポンジでなくわざわざ?洗いづらい柄のついたブラシで洗ったりするから余計イライラします)食器洗浄機があるところがほとんどとはいえ、こういったことはさらっと文化的背景が違うということだけで片付けられがちです。しかしその土地、または移住する前の場所の水質の良し悪し、水資源の豊富さがこうした習慣の形成に深く関わっていることに疑う余地はないでしょう。イタリアでは水質が悪かったから水がわりにワインを飲み、そして日本では水がいいから清酒を最後に水で「割る」という行程すら可能になるのです。

ワインの品質は水分以外のほんのわずかな物資からなる香りや味わいで決定されるとされています。しかしジェフのいうとおり依然としてそのほとんどは水であり、ワイン本体に含まれずともその原料ブドウの栽培過程、醸造過程の様々な場面で水を必要とします。アルコール分子を包み込み酒質を和らげるとされる水あってこそのワインであること、そしていい水、いい酒両方そろったこの日本に生まれた幸せをかみしめて、いつかは地球上を巡り巡ってあなたが今飲んでいるワインの一部になるかもしれない目の前の水のことを少し、考えてみてはいかがでしょうか。

2009年2月掲載
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