NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第83回コラム(Aug/2009)
テロワールと人 その9 ワイヘキ島の片隅で
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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ワイナリー巡りが趣味の自分にはまさにバイブルともいえる、New Zealand Wineries & Vineyardsというセラードア・テイスティングを行っているワイナリー紹介に特化した本があります。初めてその存在を知ったのは、その本でオークランド周辺のワイナリーを調べていたときでした。テイスティング可能なワイナリーは地図上にワイングラスのマークで表示されているのですが、ふと目をやるとシティから少し離れたところに無数のワイングラスで埋め尽くされた小さな島がありました。「!!??なんだこりゃ?」そこには小さな字で、Waiheke Island/ワイヘキ・アイランドと標されていたのでした。

それから期待ばかりが膨らみ3年。やっと今回機会を得、この“夢のワイン島”に上陸が叶いました。島内の移動はやや不便であるという前情報から、ワインツアーを頼むことにしました。当日現われたのは、自分とどっちがラフなのかというような現地ツアーの方。それもそのはず、ワイヘキのヴィンヤードでバリバリに働く日本の方でした。とにかく行けるだけ行ってください、という自分の要望にもしっかりこたえてくれました。

今回は初試飲だし、ワイヘキという島のワインの全体像をつかめれば、それくらいの気持ちでした。イタリアのシチリア島と同じ緯度などという紹介を耳にしていたせいか、冬場に訪れたせいか、口が少々熱いワインを探していたのでしょう。近場の5件のワイナリーを回って得られた感想は、“ビッグ”なものは見当たらず、どれも海洋性のニュージーランドらしいどちらかというとエレガントさすら漂うワインばかりであるということでした。それぞれのワイナリーが美しい景色を伴う洗練されたレストランを持ち、週末ということもありましたが大勢をのせたツアーバスと行く先々で出会います。オークランドという大都市の目と鼻の先にあるこの自然あふれる小さな島は、オークランダー達にとって絶好の週末の居場所であることが実感できました。近いとはいえフェリーで行くために何となく気分が2割増しくらいになる効果もあるかもしれません。

雰囲気や景色には満足していたものの、ワイヘキ島のワインを飲みにきたのにもかかわらず、テイスティング・リストに当たり前のように並んでいる国内や国外他産地のワインに少し残念な気持ちもありました。どこも収量が少ないのはわかっていますし、ひっきりなしに訪れる来客をワイヘキのワインだけで1年間まかなうほどの余裕もないのかもしれません。

「普段はあまり案内しないのですが…」そうランチもとらずワインばかり飲んでいる自分に文句も言わず、ガイドさんが最後に連れて行ってくれたワイナリーは、一人で間に合ってしまいそうな申し訳程度の醸造設備を横目に、舗装されていない道を少し行ったところにありました。小さな看板にはTe Motu/テ・モツと書かれていました。

それまで訪れた島内のワイナリー・レストランとはうって変わった、飾り気のないどこにでもあるようなカフェ・テーブル。シェフらしき女性が一人だけ顔をのぞかせているこじんまりしたキッチン。「少しテイスティングをしたいのですが…」ああ、今日はコレとこれが開いているよ、と、ギネス・ビールのTシャツを着た気さくな初老の男性がそのうちのひとつを注いでくれました。

うまい。円熟を迎えつつある熟成感あふれるそれは、日本人の多くが愛してやまない鑑賞に値するカベルネ・ブレンドでした。ヴィンテージは……2000年?味わいもさることながら、ここがニュージーランドであることで、違和感を覚えるのでした。ニュージーランドでは、大抵のワインの裏ラベルにあと5-10年は熟成すると書かれていますが、そこまで置かれることはめったにありません。熟成大好きな?イギリス系移民も多く、おおらかでのんびりした生活を送っているとされているにもかかわらず、ワインを熟成させるまでセラーに置く家庭が少ないのは少し面白い事実かもしれません。

ワインメニューを見て、今日は少し飲みすぎたかな、と目を疑いました。ボトル価格かと思っていたそれはグラス価格で、ボトルは100ドル以上するワインだったのでした。「今年のホークス・ベイはどうだったかい?ウチ?ウチは兄と二人でやってるのさ。収穫量?今年は14トンくらいだったかなぁ。」目の覚める思いでした。昨年は4,300トン、今年は少ねぇな、といいつつそれでも1,700トンのブドウを扱った自分には、プレス機を1度回せばすんでしまうその量がいかに少ないかすぐわかりました。その少ない量をきびしく選果しこうして長期熟成にかければ価格はあがって当然です。しかし周りのテーブルでは、特に上層階級でもなさそうな老夫婦や家族が、土曜の昼何も言わずにここでワインのボトルを開けている。それが何とも印象的でありました。彼らのように熟成したワインの良さがわかる人間がニュージーにもちゃんといるのです。

アイデンティティ。すばらしいワインをつくりつつも、そのワインが比べられるのは、常にフランスの先人たちです。フランスで育まれた品種からワインをつくっている以上、それが定めなのかもしれません。ポール達兄弟にはずっと、観光客であふれるワイヘキでこれからも信念でワインをつくっていって欲しいと願うばかりでした。いつしか昇華されたこれが、ボルドースタイルからワイヘキ・スタイルとよばれるその日まで。

2009年9月掲載
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