NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第102回コラム(Mar/2011)
ワイヘキ島
Text: 金澤睦実/Mutsumi Kanazawa
金澤睦実

著者紹介

金澤睦実
Mutsumi Kanazawa

子育て、親の介護を卒業し、目下、第2の青春を逆走暴走中。2010年9月に永住目的でNZ在住開始。ワインに関しては100パーセントの消費者です。学生としてナパ在住中は自称「ワイン愛飲学専攻」。ご招待を頂いた時以外は、高級ワインにはとんと縁はないですが、「皆勤賞」をもらえる程のワイン好き。食事とワインを片手に、友人たちとの時間を楽しむ事にかけては専門家です。ニュージーランド初心者の目で見たワインに関する発見と、ワインとKiwiの人たちの生活について、自己学習のつもりでのコラム投稿を企てています。

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毎年2月に開催されるワインティバルに今年こそ行ける、と昨年から楽しみにしていたのに、ワインの神様にまたも見放されたらしく、今年はスポンサーが集まらずに中止になったとか。それでも6年ぶりのワイヘキ島訪問を決行したのには訳があります。当時の同僚にさえ言わなかったのですが、内輪で2度目となる結婚式をこの小さな島で挙げました。ワイヘキはオークランド市内から見える程の距離にもかかわらず、それから一度も行く機会がなかったのです。

小さな島とはいえ、オークランドのあるハラワキ湾では、グレート・バリア島に次ぐ、2番目に大きい島です。毎日フェリーで約35分間「海を渡って」通勤する人がいる、と聞いた時に、船に弱い人間としては驚きました。しかし波止場に着いた瞬間に、都心の喧騒とはうって変わり、輪をかけたようにゆっくり過ぎて行く時間の経過する島特有の空気の存在を感じました。多少の不便があっても自分たちのライフスタイルを確保するために、あえてこの島に居を構える人の気持ちが理解出来る気がしました。

海洋性気候のこの島は年間を通じて都心部に比べると、気温4度ほど高く、適度の雨量、さらには幾重にも重なり合った地層と周りを囲む海が、多種のブドウ栽培に適した環境を産み出しているとのこと。気候的には、ワインの産地として有名な、南アフリカ、ナパ、北ローヌに匹敵するどころか、よりワイン作りに適している所、とワイヘキワイン栽培業者団体の言葉。ワインの他にもオリーブの産地としても知られています。また芸術家(自称、本物を含み)が好んで住む島としても知られています。

【ワイヘキ島の気温】

今回は、そんなワイへキでツアーに参加するにしました。ツアーもピンからキリまで存在しますが、私たちが選んだのは、超エコノミークラスで、参加者全員がNZ在住の約20名が、おんぼろバスに乗り込み約5時間のミニツアー。運転手とガイドを兼ねたおじさんが、手際良く島の概容、見所を面白おかしく説明してくれます。人口約8000人、面積92Km2,島の長さ20キロ、オークランドの市内から18キロのこの地は、その昔は、ヒッピーの住む所として知られたのですが、1986年に高速フェリーの運航以来、気軽に訪れられる島として、人気が高まってきました。週末や休みの時のホリデーホームとしてこの島に家を持つ人がかなりいるため、夏期人口(11月から3月)は5万人に膨れあがります。

それでも夏を除くと、かなりのんびりした所。NZ在住の人でさえ、「田舎の景色を求めてワイヘキにやってくる」、とのこと。田舎に住む身としては、どれどれ、どっちが田舎か見てやろう、と言う気になりました。しかし、現在のワイナリーの数が34と聞くと、素直に脱帽。6年前に訪れた時には、それほどの数のワイナリーは存在していなかったように思います。

最初に訪れたワインテースティングの場所は、かなりバスに揺られたオネタンギの丘陵の上にある、夫婦二人がこじんまりと営んでいるピーコック・スカイでした。あまりにもワイナリーの数が多いのでネーミングに困ったのかしら、と思うような名前ですが、かなり欲張りな思い入れを込めた命名だという事を後で説明されます(名前の由来は、是非とも彼らから直接聞いて下さい)。

カナダでシェフをしていたコニーとイギリス人のロブが1999年に既存のブドウ畑を購入し、最初のワインが2009年に完成したごく新しいワイナリーです。彼らのワイン造りの目標は、「オーパスワンの味を、家庭で気軽に飲める価格のワイン造り」とのころ。またフード・ペアリングと称して、ワインと一緒に出してくれたフィンガーフードの美味な事。フェリーとバスで揺られた胃は、ワインと全て「ワイヘキの産物」から作られたおつまみの数々にすぐに魅了されてしまいました。結局、私たちは簡単に満足してしまう顧客なのかもしれませんね。

ツアーは4時のフェリーで「大都会の」オークランドに戻る事になっていたのですが、せっかくここまで来たついでに波止場近くから始まるオープンエアーの彫刻展示会に立ち寄る事にしました。2年に一度開催されるこの展示会には、毎回数千人もの観客が訪れるとのことです。出発点となる小さな公園から2.5キロにもわたり点在する作品を散歩感覚で見て行くとはいえ、かなりの山の斜面を登っていきました。彫刻、と言うと、ブロンズとか木彫りの仰々しく、威圧的なものを想像しがちですが、この展示会は周りの自然、景色と融合するものが殆どで、あまりにも見事に調和しているため、どこにその「作品」があるのか見落としてしまいそうなものばかりでした。さらに「芸術的」というよりどちらかというと土木工学や建築の分野に入るようなダイナミックなものが目立ち、丘陵にどうやって持ち上げたのか、とそちらの方に興味が向いてしまいました。このコラムが掲載される頃には、3週間のみ限定開催のため、この展示会は終了していますが、次回の開催の時には是非ともワイナリーツアーと共に、訪れる事をお勧めします。

ご参考までに、私たちの式について一言。式の日程は、ますます記憶力が悪くなってきている同居人を考慮し、花嫁の誕生日でもある、バレンタインデーでした。3つの記念日が重なるのだから、「いつ結婚したのかを忘れた」という口実は成り立たないはずです。別荘地としても知られているワイヘキ島には持ち主が使わない時期に、家を居ぬきで貸してくれるビジネスが存在します。ホテルとは違い、普通の(かなり豪華な)家をあたかも自分の家のように使い、たっぷりくつろぐことができます。私たちもそんな家を1週間借りました。おそらく子供が2人はいる家だったらしく、部屋数も5部屋ほどあり、その上に居間、大きな台所、バルコニー、そして海を目前に見ることができる大きな窓。このままお持ち帰りしたくなるような家でした。

2度目の式ということもあり、大げさな式を挙げるつもりはさらさらなく、手作りの結婚式にしようというのが私たちの計画でした。そのため、島に到着し、荷物を貸別荘に置くや否や、まず花嫁の念願の「砂浜」探しのロケハンに、新郎新婦自ら島中を当てもなく車で奔走しました。もともと小さい島なので、どこまでも広く続くような白い砂浜はなく、思ったよりその作業に手間取りました。

挙句の果てに、道中喧嘩が勃発し、立会人としてきていた息子が大いにあわてていたのを思い出しました。幸い、オラピウに理想に近い浜辺をようやく見つけ、祝杯をする場所として、傍に立つ質素なロッジの一部屋を予約しました。式の前日は、花を予約し、レストランに確認を入れ、ドレスにアイロンをかけと、主役のはずの当人はすっかり疲れ切ってしまいました。式を挙げてくれたのは、牧師の資格を持った友人でした。新郎新婦とも決して宗教心がある訳ではないので、それを考慮に入れて読み上げる詩を選び、司祭の指示に従い、最低限の決められた言葉を交換し、妙に慎重な気分の中、式が執り行われました。思っていたより緊張し、感激するものでした。幸い天気にも恵まれ、芝生の上での記念写真の後、この晴れの機会に旦那サマが選んだ “No 1 Cuvee Blanc de Blancs”というスパークリングワインで乾杯。もうその味は忘却のかなたですが、幸せの泡がフツフツ飛んでいた、という記憶はあります。その後また車に揺られ、友人たちと昼食をしたのはオネロアのマッドブリック。その頃になると、もう胸もお腹も一杯でした。

思い出の地に戻る、というのは忘れていた記憶がよみがえってくるものです。今回のワイヘキ島即席ツアーでは十分にそういった想い出のポイントを訪れる事は出来ませんでしたが、次回の結婚記念日には式を挙げた砂浜に戻り、ゆっくりワイヘキの魅力をワインを傾けながら楽しみたいと願っています。

2011年4月掲載
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