NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第103回コラム(Apr/2011)
マールボロ、アゲイン!
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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毎日のデスクワークに嫌気が差すのに比例して、そわそわがつのる南半球の仕込み時期。大変な時代を迎えた日本を離れ、当初より予定していた4月に10日間だけ、ニュージーランドを訪れました。今回最初の滞在先は、マールボロです。

Mahi/マヒという、前回訪れた時にも、フォーカスのあったいいワインをつくるなぁ、と感心したワイナリーで少しだけお世話になることができました。数日間はお遊び程度に作業させてもらい、折りを見てマップに新しく名を連ねたワイナリーを訪れました。こないだほとんど見て回ったし今回はいいか、などと思っていましたが、さすがは活発なニュージーランドワイン業界、この3年間にも色々変化があったようです。現に旧マップにあったワイナリーのいくつかは新しく名前を変えていました。

ぐるりと見渡す限りの山々に囲まれたマールボロの優位性は周知の限りですが、やはりこれほどくっきりと目に見えて、それを肌で感じられる産地は世界にそう多くはありません。西側のオーストラリアからの湿った風を防ぐ山々。南極からの冷たい風を防ぎ、北側からの雨のほとんどを受け入れる山。

さて今回の滞在でひとしきり感心したのが、マールボロ産ピノ・ノワールの品質が著しく向上していたこと。なにを今更、というファンの方も多いでしょうが、前から数は多かったもののカジュアルな赤、くらいの品質のものもとても多く、目をみはるようなものは少なかったような気がします。以前からおいしかったワイナリー以外でも、平均値が格段にアップしていた上、さらに多くのワインからどこかティピシティといってもよい、なんとなく「マールボロらしさ」が見てとれます。ややミドルが平たいものも多いものの、きれいに伸びるような果実感、大体は熟したラズベリーや若干さわやかなチェリーのニュアンスで、どのピノもごつごつしておらず、またものすごい厚みがあるわけではなく、洗練を得たようなきれいな仕上がり。まさに昨今、ワインにエレガントさを求める風潮にふさわしいバランスのとれたワインである、といっても過言ではないかもしれません。そのことを伝えると、ワイナリー側は決まって、「樹齢が上がってきたことに加え、我々のピノに対する理解が深くなってきたんだ。他のピノ・ファミリー、グリにしてもそうさ」口々にそういいます。

桜をあしらった魅きつけられるラベルで日本でもご存じの方が多いかと思いますが、Kimura Cellars/キムラ・セラーズの木村さんと今回お会いしてお話する機会にはじめて恵まれました。いたずらっ子のような笑顔が素敵な木村さんは、マールボロでオーガニックの畑からきれいなソーヴィニヨン・ブランをつくっていますが、今後斜面の畑からピノをつくることを考えているとのこと。そちらも今からとても楽しみです。

世界規模で価格破壊が続くマールボロ・ソーヴィニヨン・ブランは、早急なアイデンティティの確立がワイナリーの重要課題です。ニュージーランドワインは高品質のかわりに多少高い、なんていわれていたのも今は昔、大量生産されたオージーと変わらない価格で、大量生産されたマールボロ・ソーヴィニヨン・ブランを見つけるのも難しくなくなってしまいました。この間のコラムで書いた時よりさらに、樽を利かせたタイプは氾濫していましたが、中にはまるで洗練されてないものもありました。そのうちオーク・ソーヴィニヨンも頭打ちになってしまうかもしれません。

超低価格モノ、そしてブランドを築いたいくつかの安定株の間に転がるたくさんのワイナリーは、当初より警鐘が鳴らされ続けていたのにも関わらず、需要に便乗して増産したツケを払いながら、これからも難しい日が続くでしょう。何故世界にはブランドが地に失墜したドイツワインやキアンティなどの前例が多くあるのにも関わらず、自身の首を絞めるような同じ過ちを犯してしまうのでしょう。今やあのバローロでさえ、日本のスーパーで1,800円で見つかるようになってしまいました。「マールボロ・ブランド」には、同じ轍を踏んでほしくはありません。ソーヴィニヨン・ブランをはじめ世界的名声を生むこの土地には、明らかに天が与えたワイン産地としての独自性があります。大地に立たずして販売している、名前だけしか存在していないワイナリーはともかくとして、この稀有なる土地が一時の世界的不景気や、ぽっと出のニュー・トレンドなぞに負けるとは到底思えません。そう確信させられるのは、滞在中に会った誰もがマールボロの展望を語り、悲観的なセリフをひとつも吐かなかったからでもあります。

ピノもどんどんうまくなってる。サブ・リージョンの定義もどんどん進んで、市場の理解も深まってきている。人が元気であれば、ワインも元気!たくさんの元気をもらうとともに、マールボロは数量ベースだけでなく、やはりニュージーランド・ワイン業界を牽引するにふさわしい産地であると、改めて実感したのでした。

2011年5月掲載
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