NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第108回コラム(Aug/2011)
Between the Regions 1 カンタベリー最南端?の畑
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

この著者のコラムを読む

更に表示

このコラムは「マールボロ、アゲイン!」よりの続編です。

マールボロでひとしきり感銘を受けた後、知り合いを頼って訪れたのは、Timaru/ティマルという、クライストチャーチから車で南に2時間ほど南に行った町。ほとんど話題に上らないこの町の近くにワイナリーがあるというのが、もちろん旅の理由のメインなわけですが。ニュージーランドワインを広めるようなコラムを書くために、すでに輸入もされていてもうちょっと名の知られたところに頻繁に行かなくては、と思うこともあります。しかし、そういったワイナリーは毎回雑誌でも同じ顔で特集が組まれてますし、こういうへんぴなところにあるワイナリーにこそ、何か新たなものが隠れているのでは、という衝動についつい駆られてしまいます。小さきと弱きを愛でる日本人の性でしょうか。それとも、アンチ巨人の体質に通じる何かでしょうか?

当初聞いていたよりティマルの町が少しばかり大きかったので、3万人以上人が住むの都市での車の運転について周囲より固く禁止されている自分に変わって、知り合いのパートナー、ブルースさんに運転をお願いしました。小雨のティマルの町から北西に進み、広大な畑を横目に車を進めましたが、じゃがいもや、牛の飼料、小麦が収穫されて焼かれた後の畑などばかりで、全くブドウの「ブ」の字もでてきません。30分ほど車を走らせ、いよいよ道に迷ったのかと車を止めた分かれ道のまさに眼下に、とうとう小さなブドウ畑を見つけることができました。

こじんまりとワイナリー名であるOpihi Vineyard/オピヒ・ヴィンヤードと、OPENの看板が掛かった小道を曲がると、先ほどのブドウ畑がさらに近づき、ピノ・ノワールとおぼしきものがまだ樹にぶらさがって収穫を待っていました。車を止め、少し歩くとこじゃれたカフェがありましたが、カウンターでいくら待っても忙しいのか誰も出てきません。ランチ時でテンパっていらっしゃる中、お金にならないテイスティングの相手をさせるのも申し訳ないので、スタッフを呼びつけ、軽いつまみと、ワインのテイスティングセットを2つオーダーしました。

最低限の説明と一緒に、そそくさと運ばれてきたワインを早速お味見。ラインナップはミュラー・トゥルガウ、リースリング、ピノ・グリ、シャルドネ、リースリング・シュペトレーゼ(遅摘みやや甘口)、そしてピノ・ノワール。やはり寒いのか、一昔前のドイツワインや一昔前の日本ワインを連想させるような、多少残糖を残したタイプばかり。非常に明るい色ですでに若干の茶色のニュアンスを帯びたピノ・ノワールは、いろいろ期待させる鮮やかな香りでしたが、やはり口に含むとウェイトに物足りなさがありました。過度に期待していたリースリングに多少がっかりした自分を救ってくれたのは、おそらくワインを飲みはじめてから初のことだと思いますが、なんとピノ・グリでした。マンダリンや青リンゴ、心地の良い香り、若干の残糖はあるのでしょうが新鮮な酸がそれを全く感じさせず、むしろ輪郭がくっきりとしてバランスがとれています。しばしばアロマティック品種に分類されていながら、大してアロマティックに感じたことすらないピノ・グリですが、このグリはまるでドイツのハイブリッド系品種がブレンドされているかのような香り高さでした。

後でヘルプに現れたカフェのオーナーに少し話を伺うと、ここはサウス・カンタベリーでおそらく唯一のコマーシャル・ワイナリーであるとのこと。(この真偽は次回のコラムで。ちなみに、マイケル・クーパーのワイン・アトラスでもオピヒが最南端です)ついその言葉に心の奥で何かがピンと弾けてくすぐられてしまいます。数々の賞をとっているが、ピノ・グリこそがウチの看板だ、ということ。1991年に開かれた畑の収穫はニュージーのどこよりも遅いくらいで、先ほどぶらさがっていたブドウはピノ・ノワールであるということ。ハンディばかりではなく、ここでは全く霜害を受けないということ。当初よりワイナリーがないなぁと思っていましたが、ワイン自体はチャーチに近いワイナリーでつくられているそう。こちらの質問に対して歯切れよいセールス・トークを炸裂させていましたが、またしても8人の団体客が来店し、彼はソーリー、ソーリーとまた仕事に戻っていきました。

通常ひとりでワイナリーを回るなら、最低1日7件はカタいとこですが、周りに他のワイナリーもないので、久々にとてものんびりとした時間を味わうことができました。同行した地元の方も、これまでにわざわざ訪れたことがなかったらしく、野良道に突如現れたカフェにご満悦そうでした。雨とはいえ景色もよく、普段このあたりを運転中目に入るただただ平らな畑の景色と違い、小さくも立体的なブドウ畑はとても新鮮なようでした。僕自身も、どこか秘湯巡りに似た達成感を味わいつつ、馬鹿でかい器に並々盛られた熱々のチップスを追加して、飾らないワインと気持ちのよいひとときを楽しんだのでした。

つづく

2011年9月掲載
SHARE