NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第119回コラム(Jul/2012)
ピノ・ノワールのメッカ、マーティンボローの隠れた迷産品
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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マーティンボロー。マールボロとあまりにも紛らわしい名前を冠したワイン産地。しかし、マールボロと比べると余りにも小さく、個性に溢れ、産地の名声を確立した後もその栄光を離そうとしない垂涎のピノ・ノワール。

強風が名物のウェリントンからある程度離れてはいますが、風は健在。大ざっぱですが、開花時期の春の風のせいで最終的な実の数自体を「自然と」間引きされてしまうことに加え、かなり乾燥した土地と川底だった砂利質のコンボから、ピノ・ノワールにかような凝縮感が生まれるといえるようです。

と、やはり産地説明にしてもまずピノ、ピノ、ピノありき。で・す・が、ここならではのユニークな特産?もあります。それこそが、素性の未だ知れない黒ブドウです。通称はいくつかあり、The Mad Grape/マッド・グレープとか、Curieux/キュリオー、などと呼ばれています。マーティンボローにてワイン造りをしている楠田浩之さんも、その昔、このブドウから「ランコニュ(unknownのフランス語)」というワインを造った事を覚えてらっしゃる方も多いでしょう。

この子に関するストーリーはなかなかにそそられる伝説じみたもので、どのワイナリーでも皆一様に楽しそうに語ってくれます。

話を伺った皆さんの簡潔にまとめると、少し昔テ・カゥファタ研究所では様々なブドウが植えられていたのですが、火事がありすべての記録が消失してしまった。その後そこで植えられているブドウをこれはメルロ、これはピノ・ノワールというように特定していったのですが、その際このブドウはシラーであると認定を受けたそうです。その後「シラー」としてマーティンボローに入ってきていくらか植えられ、しばらくしてワインコンペなどでも受賞するまでになったといいます。

今は無きウォーカー・エステイトが金賞を受賞した際、シラーのカテゴリー内では明らかに毛並みの違うワインだったようで、物言いがあってDNA鑑定をしたところ、やはりビンゴ、こりゃシラーじゃない、ということが判明したということです。新世界の産地ではこの手の品種間違いストーリーはいくつかありますが、大体はすでに何かの「劣性」クローンなどだと判明してしまっています。そんな中この幸運なブドウはまだまだ健在です。

直球勝負だと、シュナン・ブランなんかもつくっているMargrain/マーグレインでは、ストレートにMad Redというワインを、オーガニックを売りにしてるVynfields/ヴィンフィールズではこのブドウからMad Rooster/マッド・ルースター(怒った雄鶏)という赤ワインをつくっています。

どちらも赤黒たっぷりのミックスベリーに、ほんのりとスパイスの利いたどちらかというとやさしいワインで、確かに、全くもってシラーじゃないなぁという感じはあります。Muirlea Rise/ミューリー・ライズのワインメーカーで、この地域では知らないものはいないというファンキーなショーン・ブラウンは、お父さんが1987年に植樹して以来の歴史を絶やさぬように”マッド”とカベルネをブレンドしたワイン、"Mareth/マレス"をつくっています(同じくブレンドから興味深いフォーティファイド・ワインもつくっています)。おそらくは“マッド”のことを一番詳しく知る彼ですが、試しに2009ヴィンテージのピノ・ノワールにたった0.5%だけブレンドしてみたところ、がらりとワインの味が変わったとか。確かにヴィンテージの比較試飲ではそのように感じましたが、ヴィンテージごとに全く違うタイプのピノ・ノワールをつくっている彼のことですから、なんとも言えない部分も残ります。

ただ、ほとんどのワイナリーの場合つくられているのが少量なので、このように若干のブレンド用途に使うところも少なくないようです。マードック・ジェームズのワインメーカーのカールは、今年も別に仕込んではいるものの、現段階では最終的にどこに入れるのか用途は決めてないとのこと。曰くバブルガムやフェイク・レザーの香りが顕著な品種だよね、とのこと。彼の奥さん、ワイン・コラムニストでもあるニコラは、過去にこのブドウについて記事を書いたこともあり、おそらくは何かのハイブリッドなんだろうけど、と断った上で、どこかカルムネールと近しいものを感じるといいます。なるほど、カルムネール(カルメネーレ)も長らくチリでメルロと混同されていましたが、そう聞くとなるほど、チリでクリーンにつくられたものと似た部分もあるような、ないような。

さて、販売はというと、もともと少量しかないとはいえ、実際にはどこも正直なかなかに売りづらいとのこと。ふ~む、セラードアのワインリストに"made from unknown grape"と書いてあると、ワインマニアでないお客さんも興味をそそられ、話のネタになるんじゃないかなぁと思ったりするのですが、オタクの素人考えなのでしょうか。

昨今、ブドウにおける遺伝子研究が急速に進み、自然発生で生まれてきた主要品種の親元ブドウが次々に明らかになっています。そのうち少し手の空いたどこかの研究者によってコレにも科学のメスが入る日も来るかもしれませんが、このロマンはそのままでいて欲しい気もします。ピノ・ノワール以外にも活躍する品種が増えてきているマーティンボローのワインリストではありますが、濃ゆ~い果汁のこのブドウも、そこにいましばらくは彩りを添えてくれることでしょう。

2012年8月掲載
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