NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第124回コラム(Dec/2012)
暗い灯台の下まで、もっと光を!
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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昨年の10月より、ニュージーランドのワインメーカーとSkypeを繋いで、生産者と触れ合える連続セミナーに挑戦しています。ゲストを“ワインメーカー”に限定している、というところがポイントで、マーケティング・スタッフにありがちな型にはまったセールス・トーク以外の部分まで感じていただけるように、という狙いがあります。先日行ったセミナーでは、ゲスト・スピーカーにPask/パスクのヘッド・ワインメーカー兼マネージング・ディレクター、Kate Radburnd/ケイト・ラッドバーンド女史をお迎えしました。パスクといえば、ホークス・ベイが世界に誇るサブ・リージョン、ギムレット・グラヴェルズの立役者が興したワイナリーとしても非常に有名です。

毎回まずは簡単に私の方で産地概要や歴史、サブ・リージョンなどについての前知識をお伝えしてから先方と繋ぐわけですが、こちらが19時半くらいでも、アチラでは23時半。ほぼ真夜中です。毎日ワイナリーや畑に出張っている方々には、この時差は想像以上に厳しいものに違いありません。しかし皆、日をまたいでも嫌な顔ひとつせず、真剣に我々に向き合ってくれます。そればかりか、お願いもしていないのに、画面の向こうでもこちらと同じワインを開け、深夜にも関わらず一緒に飲んでくれる。キウィ(ニュージーランド人)のワインメーカーのホスピタリティには、本当に感動させられるばかりです。これからご紹介予定の方も皆本当に気のいい人ばかりですので、少しでも親近感が沸き、実際に会ってみたい、ニュージーランドに行ってみたいという気持ちが参加者に芽生えるといいな、と期待しています。

さて、PaskからはDeclarationレンジのシャルドネ、Gimblett Roadレンジからシラー、カベルネ・メルロ・マルベックをご用意しました。実際にケイトからアイテムごとの理念、レンジのターゲットポイントなどを聞きながら飲むと、なるほどなぁ、そうかそうか、と私自身もとても勉強になりました。ニュージーランドのワイナリーのほとんどは、ワインのテクニカル・データくらいはホームページで公表していますので、やはりそれ以上のことを生で聞けるのは嬉しい限りです。

しかしながらやはり、ここのデクラレーション・シャルドネは別格です。実は、私がパスクを知るきっかけとなったのもこのワインでした。500種類以上もシャルドネが並んだインターナショナル・シャルドネ・チャレンジに参加した折、その中でも一際迫力を持って訴えかけてきたのです。当時は今より少々樽が強かったように記憶していますが、魅力と実力は、現在でも同じかそれ以上です。

日頃周りにはリースリングやシュナン・ブランを飲んでばかりと思われがちな私ですが、ニュージーランドのシャルドネは常々、世界でも群を抜いて高品質だと思っています。おそらくはその綺麗な酸味と果実味のバランス故でしょう。ただご存じのとおり、ここ数年のシャルドネを取り巻く環境は決して恵まれているものではありません。売れていないのか?いえいえ、ニュージーランドの最新統計資料を見ても、2006年の400万リットルから、2012年には550万リットルと、わずかながら輸出量に比例して伸びてはいます。もちろん、輸出増のほとんどを担うソーヴィニヨン・ブランのように3倍以上の伸びはありませんが…それでは栽培面積はどうでしょう?前述と同年度比較ですと、流石のソーヴィニヨン・ブランは約2倍になっているとはいえ、シャルドネもほぼ横ばいといっていいレベルです。

問題は単純。ただ、敵が多すぎるのです。

少し考えれば、シャルドネという品種名付きワインの販売に苦労するのは当然です。世界規模で考えると、一体何銘柄の「シャルドネ」があるのでしょう?皆目検討がつきません。ブルゴーニュの白については「テロワール」を飲んでいるという意識が強く、シャルドネという名前にとらわれもせず、販売にも全く影響がないのがおもしろいところですが、短い歴史の国が例えばシャブリのように、産地の知名度が品種名のそれを上回るまでにはそう易々と到達できないでしょう。実際現在のところニュージーランドのどの産地もそれ単体でシャルドネと結びついておらず、この途方もない大海原に埋もれてしまっているのです。「シャルドネの首都」と呼ばれることもあるギズボーンにしても国際的知名度としてはまだまだですから、ホークス・ベイにいたってはなおさらでしょう。世界の大海原どころか、自国のソーヴィニヨン・ブランの内海に埋もれているような状態です。近頃シャルドネの復興が叫ばれてはいますが、こうなっては応援したくもなってきます。

実はニュージーランドには、北から南までそれぞれの産地にたくさんの素晴らしいシャルドネと、プラス、群を抜いて評価の高いシャルドネがちらほらあります。超有名銘柄の例をあげると、オークランド近郊クメウのクメウ・リヴァーのシングル・ヴィンヤード・シリーズやエステイト・シャルドネや、ネルソン地区ノイドルフのムーテリー、などといった面々でしょうか。マールボロにもマーティンボロにも、良いシャルドネが数多くあります。いや、良い生産者の数だけ存在するといっても過言ではありません。中でも、ホークス・ベイほどハイレベルなシャルドネがごろごろしているところは他にないように思います。授業の後半で登場させた、さらに派手なクリアヴュー・エステイトのリザーヴ・シャルドネの品質にもみなさん驚いてらっしゃいましたし、テ・マタのエルストンや、チャーチ・ロードのリザーヴなど、飲みたいシャルドネの名前を苦せずして挙げることができます。やや豪華めの樽のレイヤーを着こなす、とっぷりとした果実味。程よくねっぷりとした魅惑的な質感。ごてごて感を感じさせず、飲み飽きさせない程よい酸味。料理ともしっかりと楽しめて、且つ単体でも飲み味の良いのが、ホークス・ベイのシャルドネのスタイルといえるでしょうか。

「ソーヴィニヨン・ブランだけじゃないニュージーランド」、をお伝えすることを僭越ながら常日頃命題のように感じておりますが、日本にまだ輸入されていない、やや珍しい品種ばかりをもてはやすことが目的ではありません。その答えは、すでに見慣れていて、使い古された感すらある、飲み尽くした気になっているものの中にもちゃんとあるのです。

もし幸運にも大好きなピノ・ノワールの生産者や、かかさずソーヴィニヨン・ブランを購入するつくり手がすでにいるのなら。そして、さらにラッキーなことに彼らがシャルドネもつくっているのなら。それは、新発見・再発見のチャンスかもしれません。2013年、王道品種とは到底思えないような苦境にあるこの不遇の高貴品種の良さを、今一度見直してみるのはいかがでしょうか?

2013年1月掲載
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