NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第182回コラム(Sep/2017)
ベンディゴで昇華した、フランスのエスプリ
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
著者紹介
鈴木一平
Ippei Suzuki
静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。
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北半球ではヴィンテージが始まりを告げ、ニュージーランドでも春めいてきた日が多くなってきた季節。久方ぶりにのんびりとセントラル・オタゴをドライブしてきました。望む山々の残雪も少なくなり、剪定があらかた片付いてほとんどの畑が小ざっぱりとしています。
一面ブドウ畑のマールボロと違い、セントラル・オタゴでは限られたエリアでしかブドウが栽培できません。車で時間をかけて回ることで、近年ますますその個性の差が語られることが多くなっている、サブ・リージョンの位置関係や距離を再確認することができました。幸いにも、道中1匹もウサギをはねることなく……。
産地の中心にある町クロムウェルに滞在すること数日、美しいダンスタン湖の風景に心奪われては、車を止めて写真撮影を繰り返すことにもやや疲れてきたお昼前。Bendigo/ベンディゴの畑が集まる環状の道、ループ・ロードのクロムウェル側で、ある人物と待ち合わせしていました。オフィスと生活拠点のあるワナカから車で来てくれたのは、Prophet’s Rock/プロフェッツ・ロックのPaul Pujol/ポール・プジョル。
近年シャンボール・ミュジニー、いやブルゴーニュのトップ生産者でもある、ドメーヌ・コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエのフランソワ・ミエとのコラボ・ワインで一際注目を浴びているので、日本でもご存知の方も多いかもしれません。ポールのお父さんはフランス人で、フランスでも面倒ごとなく働くことができるため、ヴォギュエでの研修のみならず、彼自身もまた、アルザスで醸造責任者まで務めた人物でもあります。フランスと所縁のあるワインメーカーは数多しといえど、ここまでの経歴を持つ人はまず見当たらないでしょう。
畑を案内してもらいながら、ピノ・ノワールの説明を受けます。気を効かせてくれたのか、ここがフランソワの選んだ区画だよ、と教えてくれました。ワイナリーではヴォギュエと同じ機材を揃えたようですが、クローンも仕立ても、とりわけ変わったところはありません。ピノ・ノワールはヴォギュエ同様全て除梗しています。「ベンディゴで梗が熟すとか熟さないというより、果梗は樽と同じくワイナリーで足すものだ。所詮、茎は茎の味しかしないだろう?あれは畑に属する類のものじゃあないさ」と茶目っ気たっぷりにポール。訪問時にいただいたピノ・ノワールは、28日のマセラシオン中パンチダウンを1回しかしなかったとか。「発酵中は毎日味わいを確認しているが、ホーム・ヴィンヤードのピノ・ノワールからはまるでそうした必要性を感じないな。酸素を欲しがっていたので2/3程度で1度するにはしたが、その他はまぁ、バケツで表面を少し湿らせるだけさ」芯のある造り手の言葉の一つ一つが、心に刻まれていきます。
高名なピノ・ノワールはもちろんのこと、どれをとっても彼のワインにはプラスアルファのレイヤーがあります。もう一つの畑であるRocky Point Vineyard/ロッキー・ポイント・ヴィンヤードで生まれるリースリングもまた然り。この品種、セントラル・オタゴではよくアイテムのレンジに含まれてはいますが栽培面積が少なく、どちらかというと稀少な部類に入ります。秀逸なものに混じって、土地柄その高い酸ゆえにアグレッシブさが必要以上に際立つものや、オフドライにしてまとめたやや単調なものも中にはありますが、プロフェッツ・ロックのリースリングには微塵もそんな気配がありません。シストの岩がちな1haの畑のみに植えられ、6時間程度かけて全房でプレスし、自生酵母での発酵。翌ヴィンテージの前まで古樽で澱と一緒に熟成しており、しっかりとした酸のメリハリとしなやかさ、ぬくもりのある円みと冷涼なタッチとが同居しています。
「アルザスで働いていたなら、ピノ・グリにしろリースリングにしろ、貴腐のついたブドウをちょっとばかし混ぜたくならないの?」実に眺めの良い場所にあるゲストハウスでワインをいただきながら、冗談めかして聞いてみました。「セントラル・オタゴではボトリティス(灰色カビ)すら出ないから、いくらやろうと思ったってできないさ」外人特有の困った時のリアクションをしてそう言うとすぐ、何かを思い出したポールの両の眉毛が上がりました。「そう、その代わりといってはなんだけど!こないだジュラ(フランスのワイン生産地方)をリサーチしてきて、こいつはいけそうだなと確信したもんで、ヴァン・ド・パイユを試しにつくってみたんだ。ブドウを陰干ししてから、なんやかんやと13ヶ月も発酵しててね。やっとこさ来週瓶詰めの予定なんだ」これはこれは、実に楽しみなこぼれ話が聞けました。
会話が途切れた一瞬の静寂に、グ~~~っと、お腹の虫が鳴り響きました。「あれ?自分かな?」「いや、俺のほうだよ。そろそろ時間かな。下まで送ろう。開けたワイン、何か持って帰るかい?」お忙しい中少し無理をお願いしてしまいましたが、想像以上に素晴らしい畑と人柄に終始魅了されるばかりでした。件のヴァン・ド・パイユも、本コラム掲載時点ではすでに、ジュラ地方で使われるような特殊瓶に詰められています。近い将来、この初ヴィンテージを味わう日が待ち遠しい限りです。