NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第31回コラム(Oct/2006)
ワイナリーの真の玄関…セラードアー
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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経験上、実際に面倒くさそうに裏からでてきたり、パソコンをいじりながら接客されたりすると、いくら素がよくてもそこのワインの味は間違いなく半減します。また、スタッフがすごい香水をつけていてワインの香りが全く嗅ぎ取れないようなワイナリーもありました。すてきなレストランで食事をしていても、ナイフが汚れていたり、スタッフ同士がやたらおしゃべりしていたりするとそこの料理がおいしく感じなくなるのと似ていると思います。

これとは逆に、ありがたいことにここニュージーランドではこの場合がほとんどですが、満面の笑顔で接してくれたり、楽しい会話に花が咲いたり、ワインごとにグラスを交換してくれたりと色々気にかけてもらえると、そこのワインの味は倍増します。気の置けない親しい友人や恋人と食事するとおいしく感じるのと一緒でしょうか。そしてなんだか急に、何も買わずに帰るのがしばしば申し訳なく感じるようになるのです。予約して訪れた時や自分のテイスティングだけのために新しいボトルを惜しみなく開けてくれたときにはなおさらです。こちらのお財布事情は別として、この気持ちが沸くことが良いセラー・ドアー・スタッフの基準だと常々思っています。

10月半ばの同じ時期、ホークス・ベイで開かれる華やかなワイン・アワードの陰に隠れて、セラー・ドア・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤーという、ベスト・セラー・ドアー・スタッフの発表が行われます。審査はレストラン格付けで有名なミシュランの覆面審査員のようにお客さんを装って登録ワイナリーを訪れ、そのスタッフの接客態度や地元ワインに対する質問をしてその知識をジャッジするというもの。

一体そのチャンピオンはどんな人柄なのかと、去年の覇者、キム・クロフォード・ワインズのクリスティーヌ・ハリスさんにその審査と同じように?用件を告げずに飛び込みで会いに行きました。

伺った際には地元の方のグループと、偶然一人で訪れていた日本女性の相手に忙しそうでしたが、うまく間をもたせ、こちらがまだかまだかとストレスを感じる間もなく楽しく、そして、おいしくテイスティングをさせていただきました。

ひとしきりのテイスティングの後、訪れた目的を告げ、インタビューをお願いすると快諾してくれました。2000年からこのワイナリーで勤務しているクリスティーヌさんは、栽培とワイン科学の学士号を取得した後、常勤・非常勤としてイースタン・インスティテュート・オブ・テクノロジー(EIT)という地元の学校で、その科の先生として勤めたこともあるという経歴の持ち主。持ち前のサービス精神のみならず、知識に裏づけされた自信にあふれているからこそ、こうも安心してテイスティングができるんだなぁと妙に納得させられました。一緒に働いていたもう一人のスタッフはなんとそのときの教え子で、「彼女のおかげで今こうしてワインに携わっていられるんだ」と、しきりに彼女の人と柄を褒めていたのも、彼女がワイナリーを離れてもすばらしい人間であることの良い証拠でしょう。

華やかなワイン・メーカーなどの影に隠れがちで、ワイン雑誌に彼らの名前がでることも、特集が組まれることもありませし、セラー・ドアーで何百本というワインを販売できることもまずありません。それでも、直接お客様と接することのできるこのワイナリー大使ともいうべきセラー・ドアー・スタッフの重要性をどこのワイナリーも理解しています。

また、基本的にテイスティングをただでさせてもらった場合、何か買って帰るのがマナーではありますが、僕は買ってあげなきゃな、と思えなければ買わなくてもいいと思います。そんなマナーはおいといて、ワイナリーを訪れた際には、彼らとの会話を心から楽しんでみてください。帰る頃にはマナーのことなどすっかり忘れて、いつの間にか気持ちよくワインを抱きかかえていると思いますよ?

2006年10月掲載
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