NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第52回コラム(Jul/2007)
テロワールと人 その4 ~バイオダイナミクス・グールー2~
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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「日本人にどうやったらワインを売れるか知ってるかい?試飲会でワインを出すたびにおもしろく思うんだけど、彼らはまずこう聞くんだ。樹齢はどのくらいですか、って。そこで3年と答えてみるとサンキューといってどっかにいってしまう。40年と答えると、ふーむ、と興味深げにグラスを回す。そして、そのあと決まって植密度について訪ねてくる。そこで1ヘクタールあたり2,000 本と答えるとどっかにいってしまう。ところが10,000 本と答えると2ケース買っていくんだ。」

ちょっとオーバーかもしれませんが、非常によく日本のワイン関係者をとらえているなぁと感心しました。テロワールというものに非常に興味があるにもかかわらず、その土地がどこであれ、ボルドーやブルゴーニュと同じことを求めるのです。そして、今でもフランスの生産者の言葉を鵜呑みにして、どこでもたくさん植えれば植えただけブドウの木が互いに競争しあって根を深くはり、ミネラルを地中深くから吸収するんだと信じています。しかし、これはどこでも当てはまることではなく、肥沃な土地では何本植えようが、土地に木を完璧に育てて余りある養分があるため、どの木もよく成長し葉が覆いすぎて影ばかりになり、全くいいことはありません。

イギリスのとあるフランス・ワイン崇拝者が同じように間違った場所でブドウ畑を始めて竹やぶのようになってしまった写真をみたことがあります。台木を育てているのかブドウを作っているのかわからないほどでした。

ワイン界で知らないものはいないキャノピー・マネージメントの大家、リチャード・スマート博士の研究により、今では土地とブドウとのバランスが重要だということはもはや常識です。貧しい土地だから良いブドウが出来るのではなく、肥えている土地でも樹勢さえコントロールすれば同じような結果が得られるというのが明らかになりました。

例えば、ある土地が1本の木に5個のブドウの房を完璧にならせるポテンシャルと、1メートルほどのキャノピーを作れる能力しかないとして、それを3メートル間隔で植えたら、全くの土地の無駄です。でも、1本の木が3メートル幅のキャノピーで120個のブドウの房を同じ品質でつくれるとしたら、どうでしょうか?もちろん、現実には1本の木から5個しか収穫できなければ商売が成り立ちませんので、あくまで例えです。

また、その5個しか満足にならせない木から50個生らせることが可能だとしても、ちゃんとしたレベルにまで実らないか、また達するとしても通常より収穫まで長くかかるのは間違いなく、長く木に留めることによって来年の蓄えが全てブドウにいってしまい、次の年にはあまりいいブドウがならないでしょう。

だからこそそこで重要なのが、テロワールとブドウ木の“バランス”なのです。「どうして棚栽培を止めてもっと生産量を落とさないんですか?」これは、セミナー等で日本の真摯なブドウ栽培者によくぶつけられる心無い質問のひとつです。1本の木からたくさんブドウをとってるから品質が向上しないに違いないということが念頭にあり、フランスのようにすれば品質があがるのに何故そうしないのかと。そういった場合もあるかもしれませんが、甲州という大変樹勢の強い品種と日本という土地ではそれだけのものを生らせられるポテンシャルがあると考えたほうが自然です。

ジェームス・ミルトン(以下ジェームス)に、フランスのあまり肥沃でない土地では、1本あたりにあまり実をならす能力がないので、たくさん植えないかぎりやってけないのでそうしているだけではないんですか?と尋ねると、少し楽しそうにこう答えました。「自分もブルゴーニュでたくさんの生産者に何故ここの丘ではブドウ木の列が1m間隔で植えてあって、向こうのランク下の場所では1.5m間隔なんだ?と尋ねても誰もその違いを答えられなかった。でも、その中の1人が君のようなことを言ったんだ。あそこの丘のやつらのほうが税金を多く払ってる(所得税=もうけ)、ってね。」

この悪名だかく肥沃なギズボーンにおいて、ジェームスは木の列の幅を1.5メートルにするつもりのようです。その理由は、全く自分の予想の範囲外でした。「確かにギズボーンでは非常にたくさんの実をならせられるほど豊潤なんだ。でも3メートルでやったところ、25年くらいを境に病気にかかるようになった。そこで感じたんだが、もし1本の木が一生で100個しかブドウを作れないとしたら、毎年5個だけしかならせないものより、10個ならせるほうが2倍早く死ぬんじゃないかって。だからフランスのように1本の木から少ないブドウをならせているほうが、樹齢が高くてもずっと健康なんじゃないかと思うんだ。太陽に当てよう当てようとばかり考えて、パワーを使いすぎたんじゃないかってね。」

その理論には反対も賛成もしませんでした。それは僕のように畑を一見しただけの者が意見することではなく、長年ブドウをみてきた人間だけが感じられることだからです。いくら、あるテロワールとそこで育つブドウのポテンシャルがあらかじめ決まっているとしても、機械で計測して「よしこの土地は1メートル間隔で、ブドウは1本の新梢あたり2個がいいだろう」なんてことにはいきません。最初に専門家に見立ててもらうことはできますが、最終的にそれを見極めていくのは畑で仕事をする人間にしかできないのです。棚式栽培を始め世界にいくつもの特徴あるブドウの仕立て方があるのは、テロワールのポテンシャルに合わせようと人間が試行錯誤してきた結果であるのかもしれません。

スマート博士によってニュージーランドの気候用に考案された仕立て方としてTK2Tというものがあります。ブドウの木を互い違いに低いのと高いのを組み合わせて隙間を埋め、日光を無駄にせずにすむようですが、もう見るからにこんな面倒くさい仕立て方の畑で働くのは嫌だなぁと思うように、やはり採用しているところはないようです。テロワールに合っていたとしても、かったるいのでやらないというのはいかにも、人間らしくありませんか?え?フランス人ならやるかもって?真のキウイ(ニュージーランド人)は絶対やんないんです!!

余談ですが今後ジェームスは日本でもバイオ・ダイナミクスのセミナーを行うようです。詳細はまだ不明なので追ってお伝えしますが、その時に機会があればニュージーランド産のビオ・ワインをぜひともお試しください。

2007年8月掲載
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