NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第86回コラム(Nov/2009)
シャヴィニョル村の雄、ジャン・マリー・ブルジョワ
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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前回サンセールはニュージーランドと共通点が多いと紹介しましたが、実際にマールボロにClos Henri/クロ・アンリというワイナリーを実際に立ち上げたところがあります。フランソワのラグビー仲間でフランス元代表、ティボーの妹さんがそちらに嫁いだということを理由に、その大手ワイナリー、一緒にHenri Bourgeois/アンリ・ブルジョワまで行ってもらいました。

有名なのでご存知の方も多いでしょうが、Crottin de Chavignol/クロタン・ドゥ・シャヴィニョルという山羊のチーズがあります。ブルジョワはその発祥の地、シャヴィニョルに構えるワイナリー。シェーヴル好きの自分は村中ヤギばっかりいるのかな、と楽しみにしていましたが、実際にはそんなことはなく、少しがっかり。

シャヴィニョルのホテルのバーでビールを飲んでティボーの到着を待っていると、向こうのテーブルでお客さんにワインを注いでいた眼鏡をかけた男性がこちらに気づき、気さくにあいさつしてきました。ボンジュール、いつものように握手をかわします。ちょうど到着したティボーと二言三言言葉をかわし、その男性はまたお客さんのほうへ戻って行きました。知り合いかなんかかと思って別段気にしてなかったのですが、ティボーがごそごそっと耳打ちしてきました。「一平、今のがビッグ・ボス、ジャン・マリー・ブルジョワだ」

「日本だ~い好き、でも、男なんかに使えるような日本語は知らないよ。」合流したジャン・マリーが移動中の車の助手席からくるりと振り返って、ぎくしゃくした英語で話しかけてきました。「ハハハ。僕のフランス語も一緒です、例えば…」といくつかフランス語の口説き文句を言いました。すると、「それは…ワタシト一緒ニー寝テー下サーイ。だろ?」とどれもこれも日本語でそのとおりに返してきたので、冗談かと思っていた自分はびっくり。それもそのはず、なんと今までに34回!も日本を訪れたというのです。話も大抵は日本の誰々っていうアナウンサー知ってるか?あの人こないだ取材で来たんだけど超美人だったよ~、とか、女性の話ばかり…日本市場では不景気でも好調のようですし、マーケティングで行ってるんだかどうかも疑わしくなってきました。

敷地をとても丁寧に隅から隅まで案内してくれたのですが、でかいというよりは、斜面の敷地に用途別に建物が点在しているというか…なにしろ地元では、この村の教会と墓地以外はブルジョワのもの、と冗談めかしていわれるくらいの規模です。ワイナリーは階層式になっており、コンピューター制御でブドウの受け入れから6台ほどのプレスへの振り分けまでできるわ、とてもシステマティックに設計されていました。たくさんタンクが並んでいるのも、サンセール以外にも色々なラベルで近隣のブドウを扱っているからだそう。アンリ・ブルジョワにはモン・ダネと呼ばれるサンセールのレンジがあり、その由来の山、というか丘の畑を説明してくれていたのですが、ふと目をやった丘の下に何気なく止まっていた、ブドウを運ぶトレーラーの数にあんぐり。山のほうを向いて話をしているジャン・マリーの後ろで、思わず指をさして台数を数えてしまいました。

ワイナリー見学だけですっかり暗くなるほど遅くなったのですが、その後いつ終わるとも知れぬプイィ・フュメやサンセールのテイスティングが続きました。どれも安定性のある非の打ち所のないワインですが、その分時折おもしろみにかける部分もあります。「そろそろお腹がすいただろ、チーズでも食おうか」クロタン・ドゥ・シャヴィニョルが出てきてがっついている間に、なにやら趣きの違ったワインが注がれたようです。それは、クロ・アンリのソーヴィニヨン・ブランでした。「タケキを知ってるかい?もう辞めちゃったけど、このヴィンテージはクロ・アンリで畑やってたんだ。だからこれは、ヴァン・ジャポネさ」ワイナリーには行ったもののお互いの日程が合わず機会はありませんでしたが、クロ・アンリは岡田さんという方がヴィンヤード・マネジャーを勤めていたところでもあります。そういえば会えなかったな~とチーズをパクリとやると、びっくりするくらいの相性のよさ。本家フランスのクロタン・ドゥ・シャヴィニョルに、マールボロのソーヴィニヨン・ブランがぴったり合ったことが、とても新鮮に感じました。その後ももうちょっとだから、もうちょっとだからと結局赤、さらに甘口まで通しでテイスティングは続きました。

「そういえば、サンセールも石ころだらけですけど、クロ・アンリの畑にも石たくさん積んでましたね。わざとですか?」と尋ねると、「そうなんだ、一緒だろ。石っころのタイプは違うけどね。」ジャン・マリーはデスクの横にかかったビニール袋をごそごそし、石ころをとりだしました。「これがクロ・アンリのだよ」愛おしそうに石をかちゃかちゃする彼のデスクの上のパソコンの待ちうけ画面もまた、クロ・アンリのワイナリーでした。10年以上を費やして探したといいますし、よほど愛着あるんだなぁ~としみじみしていました…が!、そのパソコンに入っている日本滞在の写真を見せてもらったら、どれもこれも試飲会場などで女の子にキスさせているものばかり!こ~のスケベじじいが~、と苦笑いしながら見ているせいでしょうか、だんだん男性と撮った写真では彼が笑ってないように見えてきました…

帰り際、ジャン・マリーがすすすっと、手馴れた手つきでボトルを包みました。「はい、これは君のだ。家で1杯やりなさい。」とワインを1本プレゼントしてくれました。その自然な立ち振る舞いはとても営業のためとは思えず、持って生まれたチャームとでもいいましょうか、どうも人懐っこい憎めなさが彼にはあります。まんまと術中にはまったのを感じつつ、ニュージーランドという新天地にも進出した気概あふれる帝王でありながら、地元では誰からも尊敬される紳士である理由の片鱗を、垣間見た気がしたのでした。

2009年12月掲載
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