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ワインづくりで語られるのは、ブドウの種類や発酵温度、樽の種類や熟成期間などばかり。あまり話題には上らないのですが、実は裏方として気体が密接に関わっています。昔から経験的に利用されてきた気体も、今ではその効用が研究され計画的に使用されています。あまり陽にあたらない彼らの存在を、今回から少しずつ紹介していきたいと思います。
まずはワインをつくると必然的に生まれる気体――二酸化炭素です。
CO2は酵母がアルコール発酵をする際には必ず発生します。二酸化炭素を生成して酸素を遮断することによって他の生物を寄せ付けないようにし、酵母のみが爆発的に増殖するためのツールともいえます。もちろん、人間も酸素を呼吸時に必要とする生物なので、我々にとっても毒となります。発酵中のタンクからはきついCO2が立ち上り、毎年世界中で数名の不運なワイナリースタッフの命を奪っています。無臭とされますが、うっ!となるプレッシャーらしきものはすぐわかります。濃度が高ければ陽炎のようなもやとしても視認できますが、そんな高濃度の場合はやばいと思った瞬間には時遅し、意識を失ってしまいます。
発酵まっ最中のワイナリーでは重たいCO2が床付近にたまりますので、十分な換気が必要になります。地面に近い場所に送風機を設置したり、発生したCO2がタンク上部から外部へとダクトで排出されるようになっていたりと、設計時に必ずなんらかの予防措置がとられています。古いワイナリーでは扉を開ける以外に予防策がないとこもありますが・・・発酵したワインを含んでいたタンクを洗うときや、発酵後の赤ワインの果皮をプレス前に掻き出すときなど、センサーを入れてCO2と酸素濃度を測ってからでないと作業できない取り決めもあり、慣れたスタッフでも気を引き締めるためシーズン前に毎年研修を受けさせるワイナリーも多くあります。Confined Space Entry/コンファインド・スペース・エントリーなどと呼ばれ、そういった密閉、半密閉空間に入ることのできるれっきとした資格となります。みなさんも何があるかわかりませんから、ワイナリー見学中軽い気持ちで顔などをタンクに突っ込まないように気をつけて下さいね。
さてさて、話を戻しますと、酸素より重たく下にたまるという性質がポイントです。発酵中のマストの上にただよって他の有害生物からマストを守ることだけではなく、実はこの「重さ」のために発酵後も大活躍できるのです。
アイスクリームを持ち帰る時などでおなじみドライアイスは、固体化したCO2です。シーズン中だけ皆さんが想像するような出来合いのころころとしたタイプを買うところもありますが、使用頻度が高いためワイナリーにドライアイスをつくる巨大な装置を設置しているところや、またボンベから手軽につくれる装置などを持っているところがほとんどです。まさに一家に一台、といったところでしょうか。現在のワインづくりはこれ抜きには考えられないといってもいいほどです。大抵は入れ物をあてがい、噴射して圧縮して生成します。辺り一面が白い煙につつまれますが、この白い煙が地面を這って広がっていく様を見ると、やっぱり重たい気体なんだなぁというのがよく理解できます。ニュージーではよくSnowと呼ばれていますが、こうしてできるドライアイスはたしかに粉雪のようです。噴射して生成する際には「シュゴ~~~!!」というけたたましい音がして聴力を損なう恐れがあるので、イヤーマフを装着することになっています。まあそんな女々しいものニュージーでは誰もしてませんが・・・
CO2は用途によって気体と固体とで使い分けられていますが、なによりドライアイスの形態はバケツなんかに入れて持ち運びがしやすい点でより重宝されています。タンクからタンクへワインやジュースを移動させるとき、移動先の空タンクに放り込んでおいて酸素(空気)を追い出したり、満タンにできなかったタンクや樽の空いたスペースに入れて酸素を遮断したり。ボンベの気体のCO2と違ってドライアイスの場合、白い煙が視認できますのですごい「なんかやってやった感」があり、ワインを守っているぞと安心できるのも非常に大きな要素だと思います。お掃除するときの洗剤の泡や、歯磨きのときの歯磨き粉などと似ているかもしれません。
おおかたの発酵が終わりシーズンが終盤にさしかかってからは、1日2回ほどSnow Round/スノウ・ラウンドやIce Round/アイス・ラウンドと呼ばれる、発酵が終了した満タンでないタンクのリストを見ながら、ドライアイスを「投げて」いく作業も非常に大切な仕事になります。
さて、次回はもう少し違った側面のCO2のお仕事を見ていきたいと思います