NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第116回コラム(Apr/2012)
ネルソンのパイオニア、その時を追う
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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ティムとジュディのフィン夫妻がネルソンの地でファースト・ヴィンテージを迎えたのが1981年。ニュージーランドの最高峰のつくり手のひとりとして、国内外で異論のでない数少ない生産者です。数年前、自分がまだ精悍な顔立ちのバリバリのワイナリー・ワーカーで、もう少しお腹のでていなかった頃、ノイドルフへは2、3回“ヴィンテージ(その年のワイン造り)を働かせてくれ!”レターを送ったことがあります。人気ワイナリーには「研修」と称した?旅とお酒好きが世界各国から集中するので、その競争率ゆえ毎回ごめんなさいメールをもらっておりましたけど。ニュージーランドにも、ワインメーカーのタマゴやらなにやらといったアウトドア好きな「研修生」が、北半球からたくさん流れこんできています。

実際に訪れたのは数年前ですが、誇らしげにラベルにあるムーテリーとはどういったところなのか、貝殻を畑に撒く効果はどれほどなのでしょうなどと、かようなワインをつくるその口からいろいろ、目を輝かせて伺ったのを覚えています。

彼らの名声の中心には、常にムーテリーのシャルドネがあります。一般ではさも当たり前のように「ニュージーランドは冷涼な気候なためワインに酸が残る」などといわれてはいるものの、本当に美しく、凛と張りつめたニュージーのシャルドネを味わえることはそうありません。どこか毒々しい果実の要素がまるで溢れていないそれはまさしく、正統で、真なるシャルドネといえます。天然発酵、バトナージュ、フレンチオークと、その他シャルドネと比べても取り立てて目立ったことはありません。畑を案内してくれたティムは、ムーテリー、とりわけ粘土質こそが彼のシャルドネにキャラクターをもたらしているといっていました。

さて、リースリング、そしてソーヴィニヨンもとても良いワインなのですが(未試飲ながらなんと最近ヴィオニエもあるそう。楽しみ!)、「ムーテリー」と名の付くラインナップには、シャルドネの陰に隠れながらも、著名評論家の間でもファンの多いワインがもう一つあります。それが、ムーテリー・ピノ・ノワールです。

そろそろさすがになんだろうこの前置きは?というところだと思いますが、去る4月某日、当スクールの授業においてムーテリー・ピノ・ノワールのヴァーティカル・テイスティングを行いました。講師は長年日本でファイン・ワインの普及につとめ、現在はDean & Deluca Japanでワイン・ディレクターをつとめる、ジェイ・ロドリゲス氏。ピノ・ノワールの垂直試飲を行う連続講座なのですが、ラインナップを組むとき、その他候補をよそに僕がしてみたいと熱望したのがこのノイドルフでした(第2回目はアタ・ランギ)。ヴィンテージは、2008、2006、2005、2004、2002、そして2001。ラスト2本はコルク、後はスクリューキャップです。

一部高級ワインを除きこういった垂直試飲は多いようで、実はさして多くないのが現状です。とりわけ新世界、ミドル・レンジの価格帯でのアイテムではなかなかありません。とはいえ現地の最新ヴィンテージでも49.90ニュージーランドドル。これくらいがミドル・レンジになってしまう日本はすごいものだと、たまに思ったりしますけど…

個人的には彼らがムーテリーの外でつくるもう少し手頃なピノ・ノワール、トムズ・ブロックが若々しいときも好みですが、とりわけムーテリーはセイヴリーさ、じゅわっとする旨味があるワインだと思っています。「じゅわっと感」は自分が少し年老いて、どっしりこってりの凝縮感よりも素直においしいと感じる部分です。最近マールボロあたりのピノ・ノワールがちょうどよくなってきたのは、こういった嗜好の変化もあるのでしょう。

ジェイさんによれば、香味にコンスタントな類似性があれば、ブドウがその土地にあっているひとつの証拠であると言います。残念ながら授業は拝聴できなかったのですが、コルクかスクリューキャップかの違いもありましたが、クラス内では2001が一番人気だったとのこと。興味のある方はご参考までに。

鮮やかなチェリーレッド。フラワリー、ベリーのグミ、ピンクペッパー。時と共に華やか。フレンドリー。ソフト、ひっかかりのない、エレガンス。フレッシュ、ジューシー、口中多少の甘味。

ほんのり黒味がかったチェリーレッド。フランボワーズ、アセロラジュース、ハーブ、若干の森林系。旨みレイヤー、グリップのある、果実味とボディのバランス良好、上昇中。一番ネルソンのイメージらしい?

やや黒味がかったレッド。花の蜜、イチゴ、落ち着いた/閉じた、ほんのりのっぺりしたカシス。旨み、長い。より長い。2006より少しタンニン多い。まだまだいけそうな。非常に良い出来、タイミング。

明るい。レンガを帯びた紅。グミ、果実その他の一体感。多少のドライフラワー、華やか。熟成感の出ている、旨み、ピークに差し掛かった、心地よい余韻、とろみ。

暖色を纏う、若干黒味の残る明るいレッド。ドライフルーツ、ドライフィグ、ドライフラワー、ラズベリーソース。オリエンタルなスパイス。時と共に木質、紅茶。なんとなくまだ少し荒削りな、苦み、木質の固さ、やや早い?余韻はある。

エッジに熟成感があるもかなり黒の多いレッド。若干VA。森林、下生え、オーク、うっすらと上質のポート。旨み多い、ただかなり口中でもマニキュア消し。熟成感あるがとても元気な、むしろ一番タニックな、樽多い?

生徒さんは2001ヴィンテージのものがお気に入りだったようで、ワインボトルが一番はじめに空になりました。44%も新樽を使用しているということもあり、明るい色調と発展したアロマを見せる2002や2004よりも、いまだ若く感じられます。2001はまだタンニンのパンチがあり、ワインの保全性を保つのに寄与しています。このワインが一番、黒いフルーツのニュアンスをともなったチョコレート/ココア様の香りが出ていました。

2001と比べて、2002と2004はより共通点がありました。双方ともテクスチュア、酸と果実味のバランスにおいて、ドライフラワーや果実など非常に香り高かった。2004のほうがより酸がはっきりしていたように思います。

2005と2006は果実主体のプライマリー・アロマからセカンダリー・アロマにちょうど移行しているタイミングでした。2008はまだまだフルーティな若々しいステージ。しかし質感としては、この3つのワインはそれぞれに似ていました。思うにブドウが樹齢を重ね、素晴らしい果実味を表現するためにワインメーカーが新樽比率を減らしたのではないでしょうか。これら3つは2001と比べて、若いうちからでも近づきやすいでしょう。2001をリリース後すぐに飲めていたら比べられたのに、と思いますが。

私が思うにノイドルフは、他の同世代のニューワールドのピノのつくり手と比べても、より彼らの畑の表現に自信があるように思います。ワインはフレッシュで、自然で、色も、タンニンも、その他の小細工も過ぎずにバランスがとれている。ディジョン・クローンの鮮やかな香りはポマール・クローンの典型的な黒系のニュアンスに見事に補完されており、とても複雑で層をなしたピノ・ノワールになっています。冷涼な気候もワインが不必要に重たくなったり、あまったるいジャミーな風味や、プラムっぽい感じを避けるのに役立っていますね。

飲み手の好みが大きくでるのが、ピークと感じる熟成感ですので、どのワインが一番好きだったかということは各自違っていたでしょう。しかしその一連の流れに、普遍的な質を感じていただけたことは間違いないのではないでしょうか。かように貴重なラインナップをお譲りいただいたインポーターのヴィレッジ・セラーズ社社長のリチャードさんと、ジェイさんとの友情に感謝するばかりです。

若くても飲めるようなワインが多いのも事実ですが、ニュージーランドはじめ新世界の赤ワインは、市場に出回りだして3年すると、さも売れ残りのように思われることもいまだ多くあります。コルクと違う熟成曲線を描くとはいえ、スクリューキャップのほうが基本「持ち」はいいはずです。そしてみなさんが思うよりもっと、ヴィンテージごとの差もあるものですよ。

「我が飲む、故に我寝かす」タイプの、転売を目的としない真の愛好家にとって、実はこうしたワインこそが、自分のためにコレクションして損が無いワインだといえるかもしれませんね。あなたのセラーには今、どのくらい寝かせた“貴重な”ニュージーランドワインがありますか?

2012年5月掲載
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