NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第29回コラム(Aug/2006)
ウサギはブドウの若木が好き
Text: ディクソンあき/Aki Dickson
ディクソンあき

著者紹介

ディクソンあき
Aki Dickson

三重県出身、神奈川県育ち、NZ在住。日本では、栄養士の国家資格を持ち、保育園、大手食品会社にて勤務。ワイン好きが高じてギズボーンの学校に在籍しワイン醸造学とぶどう栽培学を修学。オークランドにあるNZワイン専門店で2年間勤務。週末にはワイナリーでワイン造りにも携わる。2006年より約2年間、ワイナリーのセラードアーで勤務。現在はウェリントンのワインショップで、ワイン・コンサルタント兼NZワイン・バイヤーとして勤める。ワインに関する執筆活動も行っている。趣味はビーチでのワインとチーズのピクニック。

この著者のコラムを読む

更に表示

私は週に一日だけ、ヴィンヤードで働いています。ここ、セントラル・オタゴは世界最南端のワイン産地。ニュージーランドで最も寒いワイン産地なので、冬は最低マイナス10度になることもあるほど。二重の靴下に、ジーンズとスノーボード用ウェアの重ね履き。トップは5枚くらい重ね着をした上に、やはりスノーボード用ウェアを着込み、マフラー、二重の手袋、毛糸の帽子で完全防備です。それでも足の指が霜焼けになることもしばしば。普段はワイナリーの暖かい屋内での仕事をしていますが、毎週月曜日だけは宇宙服のような出で立ちで、『ヴィンヤード・ワーカーたちは毎日こんなに寒い思いをしているのだな』と実感しながら働くのです。

8月末に終了した冬の剪定作業は、ワイン・カレンダーの中で最も重要な季節のひとつ。翌年のブドウの質や収穫量を左右するからです。優れた枝1~2本だけを選び、ワイヤーに這わせて縛り付け、それ以外の10~30本の枝は切り除きます。もちろん、剪定をしなくても春には若葉が芽生え、秋には実は成りますが、限られたブドウの木のエネルギーが分散するため、凝縮感のある質の良いブドウを育てるためには、一本一本、丁寧に剪定する必要があるのです。

さて、剪定も終了して、今はスリーヴと呼ばれる緑色の筒状ビニール袋を木の根元に取り付ける作業が行われています。去年に取り付けられ、破れたり風化した古いスリーヴを新しいものと取り替えるのですが、これは厄介な害獣、ウサギを防ぐためです。ここ、セントラル・オタゴにはウサギが大繁殖しており、彼らはブドウの木の皮が大好物。2~4歳の特に若い木の場合、皮だけではなく、芯まで食べられてまいます。せっかく手塩にかけて育てたブドウの木が一晩でウサギの夕食に。ウサギはとても可愛い動物だと思い、小学生の頃は餌やり当番が待ち遠しかったのを覚えていますが、所変わればとても憎たらしい存在なのです。なかには、猟銃でウサギを撃つ人もいますが、私は殺生はいたしません。

ある程度生長したブドウの木の皮は、硬くてウサギは手を付けないので、若いブドウの木にだけスリーヴを取り付けます。作業は単純ですが、若いデリケートなブドウの木が相手なので、とても扱いにくいものです。丁寧にスリーヴを取り付けていると、一日で一列しか達成できないことも。

もしセントラル・オタゴのワインを見かけたら、寒さの中、霜焼けや腕白なウサギと奮闘しているヴィンヤード・ワーカーたちを想像してみてください。ワインとしてショップの棚に並ぶまでに、ブドウの木はたくさんの人の労働に助けられ、一年かけて美味しい実を成らせるのです。

こんな風に、ワインの背景にある色々なストーリーに思いを馳せるのも、ワインを味わう時の楽しみの一つなのではないでしょうか。

2006年9月掲載
SHARE