NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第47回コラム(May/2007)
テロワールと人 その2 ~例1.ギムレット・グラヴェルズ~
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
著者紹介
鈴木一平
Ippei Suzuki
静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。
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そこは昔、いや地球の歴史にしたらほんの数秒といってもよい150年くらい前まで、ナルロロ(Ngaruroro)という名前の川の底でした。洪水で干上がった後に残された大小の石が入り混じるだけの単調な風景は作物を育てること適わず、不毛の地として工事用の石材を調達するだけの使えない土地でした。いっそのこと住宅街か何かにしてしまおう、そうここの地域管理課が考えるのも無理はありませんでした。
飛行機乗りのクリス・パスク(Chris Pask)にとっては、どうもその小石の散らばった風景は彼が若い時に旅したボルドーの左岸を思い起こさせるものでした。そして、思い切って土地を購入しカベルネ・ソーヴィニヨンを植えてみたのです。このワイン産地は、彼のこの思いつきによって誕生しました…。
そのパイオニア、飛行機乗りのワイナリーは1985産のボルドー・ブレンドで一躍脚光を浴びた後、現在もCJ Paskとして優れたワイン(自分は特にシャルドネが好きですが…)を産出しています。いまでは23ものワイナリーが誇りを持ってその名を冠するワインを生産しており、ニュージーランドにおいてひときわ際立ったブランドにまで成長しました。そのブランドを守るべく生産者協会も2001年に結成され、独自のルール(例えばこの名称を謳うには95%以上のブドウは土壌構成が認可されたおよそ800ヘクタールの限定された区画内で生産され且つそれが使用されていること等)を設定するまでに至っています。
一度訪れてみるとわかりますが、このあたりでは常にブドウの木の足元に黒いチューブが付けられています。これは“ドリップ・イリゲーション”という灌漑用のチューブで、木の近くに開けられた小さい穴を通して水や養分を提供する仕組になっています。砂利や小石と聞くとほう、ボルドーのグラーヴのように水捌けのいいすばらしい土地だねと思われる方も多いかもしれませんが、ここではこの「灌漑 = 人の介入」を抜きにしてブドウ栽培、つまりテロワールの成立はおよそ不可能なのです。石は日中に熱を溜め込み、夜に放出する効果があることで知られていますが、石が養分を供給することなどなく、また、土も少なく養分が少なくなりがちなので、その他の植物(カバー・クロップ)を植えることで土質安定、有機物の補給や窒素固定を促し、根を張って土を抱きしめることにより、この地域では特にひどい風による侵食の被害を食い止める役割もしています。しかしながら、人間がどんなに手を加えてもどうにもならないことが多々あります。
例えば、シラーのホーム・グラウンドであるフランス、コート・デュ・ローヌ地方やシラーズとしてオーストラリアの代名詞にまでなったバロッサ・バレーと、ここギムレット・グラヴェルズの気候を比べてみるとその差は一目瞭然です。海岸沿いのホークス・ベイの中心の街ネイピアと比べればやや内陸で気温は高くなるものの、夏季の気温は著名産地のそれに遠く及ばず、逆に冬が海洋性気候の影響で暖かくなっています。その他のシラーの産地のように生育期間中だけ暑くなって冬季はぱっと寒くなるのに比べ、ここは年間を通して暖かいけれど日照時間の兼ね合いを抜きにすると生育期間の気温は絶対的に不足しているといえます。加えて、近くに構え冷たい南西風を遮る効果があるとされるロイズ・ヒルも、日が落ちる前の貴重な日照を遮るため地元の人に言わせると場所によってはより不利に働いているそうです。
逆に生育期間が長いのでゆっくりと果実が熟して複雑なフレーバーが生まれるといえるかもしれませんが、ブドウ生育期間の気温をベースにしたブドウ栽培適地区分に沿うと、カベルネ・ソーヴィニヨンはおろか、平均するとシラーさえも栽培が難しいことがわかります。ホークス・ベイのワインのテイスティングでメルローが安定して好結果を見せるわりに青っぽいカベルネが多いことを考えると、このガイドラインもあながち間違いではないのでしょう。それでも、良年にはシラーやカベルネといったやや暖かいところ向きの品種からすばらしいワインを産出できるのです。そして良年でなくてもそれを目指して、日々栽培者の様々な努力が行われているのです。自分はこの地区のシラーの大ファンで、今年2007年1月にシラーのシンポジウムが開催されるまでに至ったことは嬉しい限りですが、値段があまりつり上がって欲しくもなく、なんとも複雑な気分です。
ともあれこのように、この気温や降雨量などはどんなに頑張っても人間が手を加えることができない要因です。ネルソン地区にワイナリーを構える有名なヌードルフのように、こちらではマッスルと呼ばれるキラキラしたムール貝の殻を畑にまいて、日光の反射を増やそうと試みているところもありますが、実際に日照量を増やせるわけではありません。
日本のワイナリーやブドウ園のように、ブドウ木にビニール・シートを取り付けたり、ブドウそれ自体に紙の傘を取り付けたりはできますが、雨そのものを止めることはやはりできません。こう考えると、やはりワインづくりはどんなに科学が発達しても原料の時点ではいまだ農業である、といえるかもしれません。そうは言っても、河川を干からびさせてまでほぼ砂漠のような北オーストラリアにブドウ畑や果樹園、ましてや水田までつくっているのですから、やはり人とは良くも悪くも恐ろしい生き物だと思います。
世界は冒険しつくされて残る人類未踏の地は深海のみ、といわれる21世紀。そんな時代にあっても、世界のワイン地図には毎年新しい産地が加えられ、何百もの新ワイナリーがきら星のごとく誕生しています。消費者のみなさんにとっては選択肢が増えてありがたいことでしょうが、新しくワイン関連の資格の取得を目指して勉強される方には悩みの種に違いありません。これを読んでくれている方にどれくらいそういう方がいらっしゃるかわかりませんが、我々の大先輩方が勉強されていた時は同じ資格でも試験範囲がみなさんより相~当少なかったに違いありませんし、取得された際にはもっと自慢しても良いと思いますよ。