NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第49回コラム(Jun/2007)
テロワールと人 その3 ~バイオダイナミクス・グールー1~
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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初めてニュージーランドを訪れ、このギズボーンのワイナリーを何件か訪れてみたもののがっかりするものばかりで、勉強するのにこの場所を選んだことを後悔したほどです。そこで友達に紹介されたのが、このミルトン・ヴィンヤードでした。そのワインは確かに、質以前の問題で、クラスが違いました。

ぐちゃぐちゃに黒板に描かれたバイオ・ダイナミクスのコンセプトよりなにより、その中の彼の言葉のひとつが印象的でした。そして、それこそが、このバイオ・ダイナミクスという、ぶっちゃけ日本語でも説明に困るため避けていた哲学をコラムとして多少なりとも扱おうと後押しするものでした。10人中10人の生産者がギズボーンの土地を肥沃で湿潤すぎる、と表現するのですが、彼、ジェームス・ミルトンだけは違いました。「ここの土地はただまだ少女なだけで、カルシウムのパワーに溢れていて肥料を撒く必要もなければ、灌漑(かんがい)の必要すらない。だから、このギズボーンほどブドウ栽培に適したテロワールは他に見当たらない。」

ただのポジティブ・シンキングだと言ってしまえばそれまでですが、強がりでもなんでもなく、その目に嘘はありませんでした。

紹介程度に留めあまり詳しく言及することは避けますが、ここはニュージーランドにおけるバイオ・ダイナミクスという農法のパイオニアです。哲学はさておき実際に“オーガニック”と違うところは、月やその他の天体の動きまで考慮して、畑仕事や澱引きなどのワイナリーの作業をするところでしょうか。

自分も今年1月に自分の長女、秋音が誕生したときも満月の前後だけ出産ラッシュがあって後続は全くなかったという経験から、天体の引力などの影響を信じるようになりました。また、狼男のように、満月の夜には犯罪件数が多いというデータも有名です。

加えて、バイオ・ダイナミクスの象徴のように言われる牛の角に詰めた堆肥等の特殊なプレパレーションと呼ばれる肥料を使用することも有名です。とてつもなく素晴らしいワインを生み出してくるフランスのワインの生産者の多くはこの農法を取り入れており、現在、世界中で試験的に取り入れられたり、実践されたりしています。その一風変わった興味を引くフィロソフィーに加え、単純においしいワインが多いためか、数年前から日本でもかなり取りざたされるようになりました。フランス語でビオ・ディナミというとああ、と思われる方も多いのではないでしょうか。ワイン通の方は驚かれると思いますがこのミルトンは実は、世界で4番目にいち早く始めたのです。彼によると4番目に長くやってるだけだとのことですが。

良く古代の黒魔術的な農法とさえ言われますが、草を刈るのに手ではなく最新の機械だって使いますし、ある精神哲学に基づいて行われる農法と言ったほうがしっくりきますでしょうか。

彼の畑には様々な、しかし、かなり計算された草木がたくさん植わっており、そのひとつひとつがちゃんとした役割をもっています。木自身を甘やかして養分を与えたり、それにつく害虫を殺すのに農薬をまくのではなく、ブドウ木を育てる大地そのものに生きる微生物等の生物相を活性化し、それによってブドウも健康にしよう(というかなってしかるべき)、というのが大まかなコンセプトで、自分もこれには賛同しています。

これは昔からの自分の意見ですが、例えば、ある種の虎が絶滅の危機に瀕している場合、その虎を守ろうとし、生息地を保護区とし、個体数を増やすのに保護飼育して野生に放つ。では、その虎が減ったり増えたりすることで影響がでてくる生き物、例えばそれに捕食される動物、またそれに食べられる虫、その虫が食べる草、そしてその草と共生する微生物のことまで話題にのぼるでしょうか?そんな裸眼でみえない生物なんて虎の成育に関係ないでしょうか?食物連鎖をさかのぼれば、絶対に影響があるはずです。だから自分は、目につく大きい動物ばかりを守ろうとするキャンペーンにあまり賛成しかねます。そして、こういったアンバランスさが、世界中で起きている何か一種類の生物の大量発生を引き起こしていると思うのです。

話はそれたかもしれませんが、石ころをひとつ蹴っとばしただけで全宇宙に影響がでるというのと似たような意見だと思います。バイオ・ダイナミクスでも、全ての事象は相互に影響しあっているのです。自分が思うに、害虫・病害というのは人間の尺度であって、もしかしてなんかの目に見えない生物にとっては益虫であることもあるのではないでしょうか。

バイオ・ダイナミクスがテロワールの要素を一番に活かせるものかどうかに関しては決めかねます。そしてそれが、ワインの品質に直結するかどうかも断定しかねます。でも、難しい話はさておきここのシュナン・ブランを一度飲んでみてください。おいしいでしょう?それは多分、ワインの品質を高めるためにこの農法を選択しているだけのことであって、別にそれ自体がゴールではないからです。つまり健康志向の方を有機栽培認定シールなどで惹き付けて販売するのが目的ではなく、いいワインを作ろう作ろうとする過程で、このバイオ・ダイナミクスがそれを満たしてくれるからというだけなのです。

もし、将来さらに良いワインを作れる農法でも始められれば、ためらいなくバイオ・ダイナミクスを捨てますか、という質問に対して、ジェームスは少し渋りながらも、まぁそんなものがあるとは思えないけどそうするだろう、と、またも説明のためぐちゃぐちゃになったホワイトボードの前で答えました。やはりどう自分がテロワールと向き合って頑張ったかはワインが表現するものであって、有機栽培やバイオ・ダイナミクス認定シールが代弁するものではないのです。

「そうだ、カルフォルニアに行くことになったんだって?お祝いにこれをもっていきなさい」自身でわざわざ買い戻したという95年ヴィンテージからフランスの名だたるビオ・ディナミの生産者のワインまで惜しみなくテイスティングのため空けてくれた後、奥さんの名前を冠したワインまでくれました。「また帰ってくるんだろ?そしたらちゃんと、顔を見せにおいで。」ギズボーンで勉強をして本当によかったと、心の底からそう、思えました。

2007年6月掲載
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