NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第58回コラム(Oct/2007)
テロワールと人 その6 ~マールボロ・ソーヴィニヨン・ブランとはなんだったのか?
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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パノラマ写真でも撮りきれないので、動画等で体験してもらえればいいなと思うのですが、どうやらそれも難しそうです。飛行機で上空から見下ろすと、その山々の重なりにまた感動します。夏の繁盛期には世界中からわんさと人が訪れ、ワイナリー・ツアーのバスとマールボロを飲みほさんとばかりに自転車で駆け回るワイン好き達でにぎわいます(ニュージーには俗に言う“ママチャリ”タイプは存在せずヘルメット着用も義務なので、せっかくセットした髪の毛の乱れやおしりの筋肉痛は覚悟してください)。

テイスティング・ノートに記される、Good、Great、Excellentの数といったら。嫉妬にも似た不公平さを感じるのは自分だけでしょうか、品質の高さはさすがにマールボロといわざるを得ません。しかしながら、最近暖かいヴィンテージが続いたこともあるでしょうがどうもtextbook、教科書的なマールボロ・ソーヴィニヨン・ブランに出会うことが減ってきたように感じます。キリッとした青草の香り、熟したシトラス系の強いノートにはっきりして尾を引く酸…これこそがマールボロ・リージョンのテロワールが生み出したニュージーランドの奇跡ではなかったでしょうか。

とはいってもやはりソーヴィニヨン・ブランが目白押しでどこに聞いても需要に供給が追いつかないとの答えが返ってきます。そのパイオニアといえば、マールボロを囲む山々が途切れる場所にある湾と同名のCloudy Bay/クラウディ・ベイです。いまだに世界中でニュージーランド・ワインとしばしばイコールで結ばれているクラウディ・ベイ・ソーヴィニヨン・ブランの勢いは、今だ衰えるところはありません。しかしそのクラウディ・ベイでも数年前からTe Koko/テ・ココというマオリ語でこの地域を示す名前の100%樽発酵、100%乳酸発酵のソーヴィニヨン・ブランをつくっています。さすがに消費者が求めてくる“マールボロ・サーヴィ”(こっちではいちいち「ソーヴィニヨン・ブロンク」と言うのが面倒くさいのでよく「Savvy/サーヴィ」といいます。「ソーヴィニヨン・ブラン」とタイプするのも面倒くさいのでこれに統一してほしいくらいですが…)とはかけ離れているため表ラベルにソーヴィニヨン・ブランと記載することは避けていますが、それでもマールボロ産であることには違いありません。

どこのワイナリーもブロック毎に発酵させてからそのブレンド比率を決めていくようで、例えばWither Hills/ウィザー・ヒルズではその数70にも及びます。ブレンド前のものをいくつか試させてもらいましたが、場所によってこれほどまでに違うのかというくらいはっきりしていて、元々ソーヴィニヨン・ブランが大して好きではない自分にとってはかなり苦痛なテイスティングでした。しかしながら完成品はこないだのスキャンダルもなんのその(詳しくはニュージーランド・ワイン・ニュース参照)、ふむ、よくできてるなと感心する味わいです。とはいっても、それはあまりマールボロ、マールボロしていません。1~3%程度樽発酵したものがブレンドされているのに加え、いくつかのパーセルは発酵後かなり長い期間澱の上で熟成させてコクを増やしているためで、酸味によってキュッと締まった感じというよりはテクスチュアのあるややなめらかな味わいに仕上げています。

気になってきて少々嫌々?リージョン内大体全てワイナリーのサーヴィも試しましたが、クラウディ・ベイのテ・ココのように100%のものは稀でもやはり似たような傾向があり、平均すると約10%程度樽発酵をしているところがほとんどでした。それでも消費者が望む“マールボロ”ソーヴィニヨン・ブランとは何かはわかっているようで、かなりのワイナリーが教科書的なタイプは残したまま、このようなタイプのソーヴィニヨン・ブランを用意しており、こちらのサーヴィはそれよりもこれこれこうで、こうなっているんですよ~とその違いを売りにしています。これほどまでにサブ・リージョンごとの特徴があるにもかかわらず、その場所ごとにワインを醸してその土地の特長を強調しているものをつくっているところは数件しかなく、「せいぜいこの年はこの畑が非常に良かったので単一畑でつくってみました」というところが多かったのです。

なんだかもう、“マールボロ・ソーヴィニヨン・ブラン”の定義はあいまいになってきているようです。このたぐいまれなテロワールが生むとされたソーヴィニヨン・ブランはいまや、フランスのように醸造法までに至る規制もないので消費者の好みに合わせたり、独自性確立のため「これがウチのソーヴィニヨン・ブランや~!」とばかりに様々につくられています。それも「人」がテロワールの形成に深く関わっているいい例ではないでしょうか。しかしながら例え“マールボロ・サーヴィ”が人にもてはやされ、つくられたスタイルだったとしても、ここのテロワールのすばらしさに変わりはありません。この地域のソーヴィニヨン・ブランの品質は疑うべくなく最高で、それに加えていまや自分の大好きな!リースリングやピノ・ノワールの上質なものがどんどん増えてきていますので、これらの品種からつくられるワインの品質の高さもこの山に囲まれたテロワールの優位性を証明してくれるものと信じています。

2007年11月掲載
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