NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第71回コラム(Sep/2008)
ニュージーランド・ワイン、不足気味それとも過剰気味?~市場の変化
Text: ディクソンあき/Aki Dickson
ディクソンあき

著者紹介

ディクソンあき
Aki Dickson

三重県出身、神奈川県育ち、NZ在住。日本では、栄養士の国家資格を持ち、保育園、大手食品会社にて勤務。ワイン好きが高じてギズボーンの学校に在籍しワイン醸造学とぶどう栽培学を修学。オークランドにあるNZワイン専門店で2年間勤務。週末にはワイナリーでワイン造りにも携わる。2006年より約2年間、ワイナリーのセラードアーで勤務。現在はウェリントンのワインショップで、ワイン・コンサルタント兼NZワイン・バイヤーとして勤める。ワインに関する執筆活動も行っている。趣味はビーチでのワインとチーズのピクニック。

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ニュージーランドワインを国際市場に知らしめたワインとして、常に名が上がるのはクラウディ・ベイ。このニュージーランドのブランドは、英国でとても人気があり、一時期、なかなか手に入らないとして、私の勤めるワインショップに来るほとんどの英国人が、「クラウディ・ベイありませんか」と聞いてきたのを覚えています。それ以外のブランドには見向きもしないお客さんもいたくらいで、これは4年位前のことでした。

その頃とは違って、ニュージーランドのワイン=クラウディ・ベイと考える英国の人はほとんどいなくなっているように思えます。それもそのはず、英国へのニュージーランド・ワインの輸出量が急速に伸びているからです。2003年の約1220万リットル、金額で言うと1億1300万ドルの輸出量から、4年間で約2750万リットル、2億2700万ドルへと、2倍以上の伸びです。ちなみに、英国はニュージーランド・ワインの最大の輸出相手国です。

量や金額もさることながら、質に関しても良いニュースが入ってきます。英国に輸出されたニュージーランドワイン全体の85%が、5ポンド(約13ニュージーランドドル)以上の良質ワイン・マーケットと呼ばれる市場で販売されているというのです。英国のワイン市場は、その豊富な品揃えから世界で最も洗練されていると言われています。その中の良質マーケットのワイン、8本に1本の割合でニュージーランド・ワインなのですから、大したものです。世界全体のワイン生産量のうち、ニュージーランド・ワインが占めるシェアがほんの0.3%であることを考えると、ニュージーランドが品質の高いワインの生産にどれだけ努力をしているかが伺えます。

更に、英国の最大手ワイン卸・小売会社、M社での、ニュージーランド・ワインの売り上げはフランス産ワインに次ぐ第2位だとか。ソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワールはもちろんのこと、最近では、ピノ・グリやゲヴュルツトラミネール、そしてシラーまでが市場にのぼるようになってきていて、担当者はニュージーランドのワインに益々期待を膨らませているようです。

このような素晴らしいニュースが次々にメディアを通じて報じられていますが、別の側面もだんだんと浮き彫りになってきています。ニュージーランド・ワインへの需要が英国だけでなく世界中で高まり、供給が間に合わないという局面もあるのです。それに呼応して生産者たちは、やれ牧場をブドウ畑に変えてもっと耕作しようだの、間引きするブドウの房数を減らしてヘクタール当たりの収穫量を増やそうだのと、生産量を増やすのに躍起になっている所もあるのです。基本的に、収穫量を増やしたブドウからは高品質のワインは造れません。マールボロの名門ワイナリー、Mワイナリーのオーナー兼醸造家がメディアを通してこんな懸念を表しています。

「質よりも量に重きを置くワインカンパニーが増えてきているのは残念だ。我々のワインは長年の努力により、世界に通用する高品質ワインとして認められてきているのに、こういった品質を考えない生産者のせいで、ニュージーランドのワインが品位を落とすことにもなりかねない」

さらに、野菜農場や酪農場がブドウ畑にますます置き換わり、農業全体のバランスが悪くなってきているという新聞の記事も見かけます。ニュージーランドはワインの国ではありますが、その前に、野菜や果物、牧畜などで、自給自足できるだけでなく、海外に供給できる国でもあります。人はワインで良い気分になることはできても、おなかを満たすことはできません。

また、ニュージーランド国内では、身近な場所でその実態を見ることができます。クリーン・スキンと呼ばれるワインがそうです。殺風景なラベルが貼られたワインを見たことはありませんか。ブドウの品種と産地、アルコール度と容量などが表示されているだけで、ワインカンパニーの名前もブランド名も書かれてはいません。そして、10ドル以下の安いプライスで販売されているのです。

ワイナリーで瓶詰めされたワインは、ラベルはつけないまま小売店などに格安で卸し、小売店が作製した簡素なラベルをつけたら、さあもう市場にのぼるのです。このマーケティング方法をクリーン・スキン.と呼びます。「品質はいつもと変わらないが、産量が多すぎて売り切れないから」または、「この年のワインの質に満足できなかったので、うちのブランドの顔汚しになりかねないから」などの理由でクリーン・スキンにするのです。会社の記念日などの祝いに、社員や顧客にプレゼントするワインを注文する会社単位のお客さんに、その会社のロゴを入れたラベルを作製、ボトルに貼って販売するというような活用方法もあり、私の勤めるワインショップでは時々行っています。スーパーマーケットなどでは通常、安いデイリー・ワインの需要が高いため、ラベル代は最小限に抑えて消費者の元に格安で届けることが一般的です。気になる品質ですが、Cheap & cheerful(安くてうまい)ワインを見つけることもあれば、Cheap & nasty(安かろう、悪かろう)ワインに遭遇してしまうこともありますので、これだけは運ですね。

このように、ニュージーランド・ワイン産業の華やかでポジティブな「質量共に順調に向上」「アメリカで最優秀賞受賞」「世界一のワイン競技会で金賞」などのニュースの裏では、生産過多、ひいては品質低下に警鐘を鳴らす人物や事物が現れてきていることも事実なのです。こういった現象はニュージーランドに限ったことではありませんが、ニュージーランドのワイン産業がどこへ向かってゆくのか(質重視、少量生産、希少価値の高い、高品質ワイン産出国を貫くのか、それとも量重視、大量生産、安価なデイリー・ワイン産出国になってしまうのか)、今後の動向を見守っていきたいと思います。

2008年10月掲載
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