NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第72回コラム(Oct/2008)
テロワールと人 その7 ~アミスフィールドに立つ漢(おとこ)
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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本来なら自分より他にふさわしい人が言及すべきなのかもしれませんが、クィーンズタウンはワカティプ湖を臨み、リマーカブル山をはじめ神々しいまでに美しい山々に囲まれるセントラル・オタゴ地方の中心の街のひとつです。バンジー・ジャンプの発祥の地であり、ウィンター・スポーツ・ファンのみならず世界各国からの観光客を惹き付けてやみません。そしてこの周辺で生産されるピノ・ノワールを始めとするワイン達もまた、この地域の魅力を倍増する役目を担っています。昨今では他ではできない特徴あるワインを生み出すこのセントラル・オタゴの名称をブランド化しようという動きもあります。ではこの唯一無二とされるテロワールは、本当にブドウ栽培に最適な土地なのでしょうか。

この地方のワイナリーのひとつアミスフィールドは近年ベスト・ワイナリー・ビストロを受賞したことでも有名ですが、今回はクロムウェル地区に真新しく建設されたほうのワイナリーを訪れました。

ワイナリーの入り口には訪問当時、ヴィンテージがあらかた片付き、樽の栓と樽をばらした板でクリケットを楽しんでいたあとがありました。

「さてさて、わざわざ休日に来てくれてありがとよ」ちょっと皮肉をこめながらも、腕組みして待っていた男、ジェフ・シノットが、わんぱくざかりの息子を肩車して畑をまずは案内してくれました。いささか話が難しくなったって退屈になったのか、パワーをもてあました彼の子供が勢いつけてじゃらじゃらと音をたてて駆け上がった畑への近道は石ころだらけで、すぐにここが水捌けのよいことが見て取れました。「あそこの山と空の間に、太陽に照らされてモヤみたいのがみえるだろ?ああやって風で吹き飛ばされたシリカでできているのがここの土さ。大して溜まってもなけりゃ養分もありゃしねえ。3~5%は欲しいとこだが有機物含有量はやっと0.6ってとこだ。表土はあっちの沖積土では4フィートくらいあるがこっちじゃ1~3フィート程度だ。その下はもう、石だけだね。向こうの試験場ではこのひもじい土地で一体どんな草様に育っていただけるのか実験中さ。まぁ、そっからやってかなきゃいけないってんだから、時間も金もかかる仕事さ」ちょっと苦笑しながら回りにそびえる白い頂のきれいな山を見ていると、「質問は?では質問がなかったからいうけど…」とジェフの矢継ぎ早に繰り出す言葉は止まることを知らず、こちらになかなか質問を考えさせる暇を与えてくれません。

彼は我先とすたすた歩きだし、聞いてもいないのにまた話が始まりました。「ここは新しいクローンの試験場さ。まぁみてのとおりろくに育ってもいねぇ。大体11月前には一切植えれねぇんだから、生育期間なんてほとんどないようなもんさ。それでもクローン選抜をもっとしっかりやんないと、将来はもっときびしくなる。ウチのピノ・ノワールなんて今年は1ヘクタールあたり2トンいかねぇくらいだぜ?ったくこんなに商売にならない土地はみたことがないくらいだ」と彼は続けます。「それから霜だろ、霜。ここではそこらに見える風車とガスを焚くのとを組み合わせて防いでいる。後はイリゲーションなんだが、木の健康に悪いばかりかあまりにも頻度が高いんで、これじゃあ全く自分で雨降らせてんのと一緒なんだ」

夜間はどんどん地表の温度が奪われて行きますので、それが0度以下になってしまうと水分は霜になります。土表の石などは、日中熱を蓄えて日没後放出するため重宝されていますし、また湖、川など大きな水の塊りも同じように熱を蓄え、また夜間には対流をつくり下へ下へと溜まる冷気と上空のやや暖かい空気の層を循環させることによって霜害防止に一躍買っています。

風車やヘリコプターなど風をつくる機械は人為的にこの空気の層をかき混ぜるのが目的です。風車の設置は注意が必要で、その層をうまくかき混ぜられる高さにしなければただ回っているだけの役立たずです。ヘリコプターも広範囲にわたって効果的ですが、霜の危険のある時間帯は早朝までにおよぶため、待機時間を含め人件費は非常にかさばります。またディーゼル・ガス・バーナーにしてもいえることですが、昨今のガソリンの値段の高騰もさることながら、とかく環境に対してどうのということをいわれかねないご時勢なので注意が必要です。

霜の時期にはブドウの木の下の雑草を刈ったり、除草したりもします。草がなくなると余計寒くなるような気がしますが、これはそういった草の上に冷気の層が乗りメインの枝に届くのを少しでも防ぐためです。変わったものではフルーティング・ワイヤー自体に熱をあてて枝を暖めるところもあります。

イリゲーションって灌漑のことでしょ?と不思議に思われる方も多いと思いますがこれは非常に面白い原理を利用しており、スプリンクラー等で故意に霜にやられやすいブドウの芽などを凍らせることで、氷に包まれた部分がマイナス2度以下にならないように防ぐ方法のことなのです。

氷の中は水が固まる時に放出する熱でマイナス0度前後に保たれていて、ブドウの木の細胞が死に始める温度にまでおとさずに守ることができます。とはいっても霜の危険性のある時間帯はずっと水まきしていなければならず、十分な水の確保が必要で、また裏を反せば不必要な大量の水をブドウに与えることにもなります。通常のじわじわとできる霜に加え、オタゴなどの場合は雪山から冷たい空気がどっと流れてきて急激に霜をつくることもあるのでさらに被害を食い止めるのは大変です。

霜害はオタゴだけでなく、今やどこでも問題化しており、今まで経験したことのない産地でも対策を迫られるようになっています。これが地球温暖化等とどんな関係があるのかはわかりませんがまた、眠れない日々を増やしてくれることに違いありません。

「水もなけりゃ、寒くて霜ばっかりで、土地に栄養もなくて金がやたらかかるわりにろくにブドウもできねぇ。さあお前さん、ここでブドウを育ててみたくなったかい?」

そう意地悪に問いかける彼の目は、セントラル・オタゴの生産者としての誇りに満ち溢れ、言葉とは裏腹に、このテロワールの未来を疑ってはいませんでした。

2008年11月掲載
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