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さて、現在フランスのSancerre/サンセールというところにあるワイナリーで働いているので、番外編としてコラムをフランスからお送りしたいと思います。
サンセールは、ニュージーランドの生産量赤白それぞれナンバーワンの2大巨頭、ソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワールのみをつくることができる、ロワール河上流域の産地です。いわば大先輩であり、ニュージーランドとしては学ぶところも多いかと思います。
自分のいるところはサンセール地域の中でもブエという、古めかしいビストロと教会がひとつづつの、まさしくアニメの世界のような風景が広がる人口300人ほどの小さな村にあるドメーヌです。オーナーのフランソワ・クロシェはニュージーランドのカンタベリーで働いたこともある親ニュージーランド派?で、彼が当時使っていたという栽培醸造用語の英仏辞書は、フランス語がほとんど話せない自分にとって非常に助かっています。悪ガキ小僧がそのまま大人になったようなフランソワですが、もちろん周りの友達もみんな悪ガキ。しかしワイナリーしかないこの町では、その元悪ガキ連中もみな日本では名の知れたワインメーカーなのがすごいところです。
周りはまさしくブドウ畑ばかり。その美しさには心を奪われます。それもそのはず、ブドウはきれいに熟しているのに、鳥よけのネットが全くありません。悪ガキの一人、サンセール地区の栽培コンサルタントのエドワー曰く、ここではニュージーランドのようなタチの悪い鳥はいないから、被害があるのは鉄塔の電線のすぐ下ぐらいで、あとは無視して大丈夫とのこと。ATV(バギー)の上で耳栓して空砲でやっきになって鳥を追い払っていたのが遠い昔に感じられます。
また畑はほぼ丘の斜面にしかありません。もちろんマールボロの斜面にも畑はありますが、多くは平らな畑なので、景色がかなり違って見えます。フランスでは平地は昔から他の用途に利用されてきたのでしょう。まずブドウの栽培ありき、ではじめる新しい産地と比べ、歴史を感じることができます。
丘だ斜面だとはいっても、多くのワイナリーが同じように機械によって収穫や夏季剪定しています(ウチのオーナーはいつも収穫機の横を通るたびにそれに対して悪態をついていますが…)見渡す限りのブドウ畑が整然としているのは、この機械によるトリミングのおかげでもあります。斜面もなんのその、という感じで働く機械は逆にとても頼もしく見えます。
さて、その収穫ですが、ウチではハンド・ピッキングですので、背中にかごを背負った人がトレーラーに運び、お昼の休憩時はお母さんやお手伝いさんら女性陣が腕をふるった料理をワイン飲みながら食べるという、皆さんが想像するフランスの情景があります。
しかし、残念ながら?自分たちはそれに加わる前に、ブドウをプレスに入れてしまわなければなりません。サンセールではアルコール度数13%以下という決まりがあるので、サンプリングの段階から非常に気が使われます。事前申請なしで醸造して13%を超えた場合は燃料アルコールにされてしまいますが、今年は週末をはさんでブドウが急激に熟したため、潜在アルコール度数15%を越えてしまったロットもあり、毎回プレスするたびに二人で騒いでいます。しかしもちろん、水を足して薄めるのも違反です。また、補酸も禁止。また最初の収穫も、地域で収穫日宣言のでる前に行ったので、かなりの量の書類を提出しました。とにかくなんでも紙、紙、紙仕事というのがフランスのAOCというルールの厳しさを物語っているように思えます。
このあたりもニュージーランドが適当に感じるかもしれませんが、そこまでの縛りはなくとも税金や表示法の規制がちゃんとありますので、ブドウからワインの流れはちゃんと全て記録されています。間違ってちょっとだけシャルドネのジュースをソーヴィニヨン・ブランのタンクに混ぜちゃった、なんてのもしっかり専用のコンピューターのソフトで管理されています。ワイン、ジュースの移動前、移動後、ロスやブレンド等はしっかり記録し、さかのぼって調べることができます。日本では偽装産地表示事件後よく耳にする、トレーサビリティという食品では当たり前のシステムです。
しかし実際、ずっとニュー・ワールドといわれる産地を巡って、どっぷり浸かっていた自分も、ちゃんとしたフランスのワインを飲むとやはりなにか根底を揺さぶられるものがあります。初めてワインを飲み始めた頃の感動が蘇ります。
これは多くのフランスの生産者が言うことですが、例えばサンセールなら、ソーヴィニヨン・ブランのワインをつくるとは言いません。サンセールをつくるといいます。サンセールというテロワールを表現したワインを、です。以前のコラムでも紹介しましたが、多くの場合ニュージーランドの産地はまだ模索中であり、例えばマールボロといえばソーヴィニヨン・ブランですが、マールボロとだけラベルに書かれたワインはありません。サンセールとラベルに書いてあって白かったらソーヴィニヨン・ブランで、赤かったらピノ・ノワール、というように。しかしその挑戦する、挑戦できるという、ニュージーランドの多様性と可能性こそが、何が起こるかわからないというエキサイティングで、目が離せなくなる魅力でもあるのです。ど~してもリースリング作ってみたいのにピノ・ノワールとソーヴィニヨン・ブランしか許されないのも、考えものでしょう?新しい考えや技術の多くがニュージーランドのような新興産地から発信されるのは、しがらみにとらわれない「自由」があってこそなのです。
今日、お隣のワイナリーに最新の機械が届いて、新しいおもちゃを手に入れた子供のように、みんなでやいややいやと見に行きました。フランスだって伝統やルールに縛られながらも、日々進化しています。みなさんの見えないところで、世界中が歩み寄り、切磋琢磨しているのです。なんと、いい時代に生まれたことか。売るのも覚えるのも大変ですが、それを差し引いてもそう、思えてなりません。