NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第43回コラム(Mar/2007)
ワイン用ブドウ、その甘さの秘密
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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こちらはブドウも実り収穫の真っ只中。ブドウまみれの毎日がめまぐるしく過ぎていきます。

ところで僕は、今でもたまにワイン用のブドウはおいしくないという誤解をもっている方に会います。多分それは、実際に食べる機会に恵まれないことと、あんなに苦かったりすっぱかったりするワインをつくるブドウが、食用ブドウのようにおいしくはずがないという偏見もあるのではないでしょうか。

これがまた、おいし~んです。

なんせ、アルコール12%のワインをつくるには約240g/Lの糖分が必要ですので、甘さでは食用に負けてません。それからもちろん将来ワインの骨格を担う酸味もあります。糖と酸はバランスが大切で、プレーンな甘いミルクアイスではうんざりしてカップ半ばにしてスプーンを置いてしまう方も、そこにラズベリー・ソースがかかるとぺろっと食べられちゃうっていう方も多いのではないでしょうか。大体パナップ・アイスの白いところだけ皆さん、食べられます?品質の良い甘口ワインは酸味を保っており意外と何杯も飲めちゃうのはそういったからくりなのです。

そんなおいしいブドウが実るのを、今か今かと待っているのは人間だけではありません。それは毎日どこからともなくやってくる鳥たちです。

少々古いデータではありますが、1999年当時すでにニュージーランドの1/3のワインを産出していたマールボロで行われたリサーチ(Boyce, Meister and Lang)によると、完璧に対処を施しているにもかかわらずおよそ3%のブドウが被害にあっており国内で3百万ドル相当の被害にのぼるというのです。

これは、マールボロは現在当時より栽培面積が約3倍、生産量が4倍近く増加していることを考えると…すごい金額になります。さらにさらに、鳥の被害を防ぐためにそれと同額の出費が必要としてますので、計6百万ドルに登ります。日本の猿が近隣の畑を食い荒らしているニュースを人事のように見ている場合ではありません。

猿ほどとはいわなくとも頭の良い彼らを追い払うのは一苦労で、仮にゴキブリがブドウを食い荒らしているとすれば殺しても何も言われないでしょうが(そのかわり誰もブドウを食べなくなるかもしれませんね…)平和の象徴たる鳥を撃ち殺したとなると何が自然なワインかと動物愛護団体でなくとも非難ゴーゴーです。

それから特に被害を与える鳥の何種類かは保護生物に認定されていて、どちらにせよ殺したり毒を盛るなどそういった行為は禁止されています。

今のところ、一番効果があるのはネットを張ることなのですが、手間もひまもお金もかかりますし、ネット付近のブドウはついばまれるし、小型の鳥はうまいこと隙間から進入して内部を食べたい放題と、やはり完璧にはいきません。

古来から行われているであろうカカシや目玉のついた風船、猫や蛇の置物などでの視覚刺激は、そのうち鳥が慣れてしまうので次第に効果が薄れていきます。

空気銃、スピーカーなどの音による撃退は効果的でピーク時にはそこここで見えない花火のように鳴り響いているのですが、ほとんどの鳥は意外にも人間と同じ音域しか聞こえないため、住宅地に近いところでは近所迷惑になります。

彼らを捕食する鷹などの天敵の存在は強大で、ウチは近辺に1匹住んでて徘徊してくれるから助かってるよ、というラッキーな生産者もいれば、中には死んだウサギなどの餌を畑に置いてそういった天敵に来てもらおうと躍起になっているところもあります。そういった天敵に見たてた凧を飛ばしているところも少なくありません。なかなか難しくはありますがワイナリー設立時等に棲み処になりそうな木をきってしまうというのもひとつでしょうか。この地域は風が強いから防風林として…とか、ワイナリーの景観のために…とかで残しておいていざふたを開けてみたら小鳥さんたちに食料も寝床も提供してしまった!なんてこともよくあります。

また種類にもよりますが大半の鳥は奥深くまで冒険する危険を冒さず畑の外側を特についばみます。そのため全体の面積に対して外側の四辺の割合の多い畑、つまり小規模の畑のほうが目が届きやすいとはいえ被害が激しくなりがちで、プラス大きな畑と違い1本1本が貴重ですので損害も多いようです。

さてさてこう書いているうちに気になってきたのが、一体どのブドウ品種が鳥たちの一番のお気に入りかということです。2,3種類しか栽培してないところに聞いても仕方がないので、国内各地に様々なブドウ品種の畑を持つニュージーランド・ビッグ3に伺ってみました。(うち一件は回答なし)

今まで自分が耳にしてきた話とその情報とを総合すると、どうにも一番被害が激しいのはゲヴュルツトラミネールのようです。やや成熟が早い品種で(つまり早く甘くなる)且つ、白ブドウなのですが熟すと果皮が赤く染まるため目につきやすいことも原因だと思われます。同じく赤い果皮をもつピノ・グリも被害がほぼ同じくらい多いそうです。黒ブドウも果皮が緑から赤くなりだすと狙われだすそうなので、早く色変わり(ヴェレゾン)する品種から順に鳥に狙われるということになりそうです。

このように鳥とブドウを守る人間との戦いは毎年、そしておそらくはずっと昔から繰り広げられています。ネットも鉄砲もない時代には一体どうやって作物を守っていたのでしょうか。鳥のほうもきっと、古(いにしえ)の昔よりブドウを生きる糧としており、また、ブドウも元々鳥などにどんどん食べてもらって種を運ばれるという進化の過程で、果実を甘くしたのではないかと仮定すると、鳥のおかげで今我々がこうやって甘いブドウを収穫できて、ワインを造れているといえるかもしれませんね。

2007年3月掲載
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