NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
第45回コラム(Apr/2007)
テロワールと人 その1 ~見出す者~
Text: 鈴木一平/Ippei Suzuki
鈴木一平

著者紹介

鈴木一平
Ippei Suzuki

静岡県出身。大阪で主にバーテンダーとして様々な飲食業界でワインに関わったのち、ニュージーランドで栽培・醸造学を履修。卒業後はカリフォルニアのカーネロス、オーストラリアのタスマニア、山形、ホークス・ベイ、フランスのサンセールのワイナリーで経験を積む。現在はワイン・スクールの輸入販売チーム、また講師として、ニュージーランド・ワインの輸入及び普及に関わる。ワイナリー巡りをライフワークとし、訪れたワイナリーの数は世界のべ400以上にのぼる。

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日本語が下手ですいません。なにしろひとつひとつ説明していったらコラムを20回くらいに分割しなければならなくなりそうなので、これでも簡潔にまとめたつもりです…。

おそらく、一度でもワインの本を読んだ人ならば、誰しもがぶつかる言葉ではないでしょうか。多言語に訳しにくいフランス語のなかでも、ランキングの上位に常に君臨するこの言葉は、上記のような一応の解釈を得て定義があるかのように、または、このような概念を定義として納得されている方も多いでしょう。しかしながら、これには賛否両論あるでしょうが、自分がワインづくりに関わるようになって改めて思うのは、一番大切なテロワールの要素は「人そのもの」だということです。

ライン河の、滑り落ちたら死んでしまうような断崖絶壁に、果たして最初からブドウが植わっていたのか?そうは思えません。ブルゴーニュのコート・ドールからガメイを引っこ抜き、ピノ・ノワールを植えるよう命じたのは誰か?それも人です。

そういう「人」の思いつきや挑戦、信念や経営理念から、テロワールに即しているいないに関わらずブドウが取捨選択されてきました。よくテロワールがブドウを選択するとさえ言われますが、実のところ人の存在なくしてテロワールは発見されも、受け継がれることもできないのです。テロワールなどと呼ぶから何か神聖なもののように思われるかもしれませんが、大雑把ですが、例えば青森ではりんごが、静岡ではお茶が、鳥取では梨がいつのころからか植えられ今に至るまで栽培されてきた…それも一種のテロワールだと考えるとより簡単に理解できるかと思います。

ヨーロッパの歴史あるワイン産地では、“テロワール”に適するブドウ、つまり、そこでベストな結果を出すものが何百年もかけて淘汰選択されて、その使用のみならず栽培・醸造方法まで法規制されるまでに至っていますが、非常に新しい産地であるニュージーランドでは、ある程度産地の輪郭は出来てきたとはいえ、いまだおよそ手探り状態といってよいでしょう。ヨーロッパの産地の気象データと土壌データの組み合わせに自分のところのデータを照らし合わせ、似ているところで栽培されているブドウは『自分の所でもうまいこと育つだろう』と、常にそこから始まります。今から何千年もかけて新品種を生み出すことなどおよそ不可能で、オリジナリティという観点からすれば、フランス等が偉ぶるのも無理はないといえます。そういう点からすると、“甲州”という固有のワイン用品種を有する日本はむしろラッキーといえるかもしれません。

昨年、クーパーズ・クリークがニュージーランドで初めてアルネイスという品種でワインをつくりました。イタリアはピエモンテ原産のこの白ブドウはイタリア・ワイン法ではトップのDOCGに位置する由緒ある血統です。そのアルネイスを栽培しているダグ・ベル( Doug Bell )はご近所さんなのでブドウを味見がてらいくつか質問させてもらいました。

今年で5歳になるアルネイスは2ブロックにわたって植えられており、どうにも樹勢が強そうです。この肥沃なギズボーンでは手入れが大変でしょうと聞くと、地下水のレベルもかなり高いので、それもこの元気な品種をコントロールするのをより難しくしているよとのこと。前例もないからどれが“正しい”育て方なのかわからないけど、自分の好きなワインをつくるブドウだからやりがいはあるよ、と笑いながら話す彼は、この植樹をギャンブルっちゃあギャンブルかな、と言ってのけます。それでも思いつきだけで栽培し始めたわけではありません。世界中を回って栽培者と話し込み、会議に参加し、情報交換する。「生涯勉強だよ、一平君。」収穫後すぐアルネイスの故郷イタリアへ何度目かもわからない視察の旅に出発する予定の彼の言葉には重みがありました。

同じサブ・リージョンにワイナリーを構えるTW ワインズのポール・ティージャン( Paul Tietjan )も今年からキム・クローフォード・ワインズの依頼で、同じダグのアルネイスからワインをつくっており、ブレンド前の熟成中ですが、今のところなかなか洒落た味に仕上がっています。

果たしてこの品種は、これからマーケットで受け入れられてどんどん後を追う人が増え、この地に定着することができるでしょうか。これからの未来がどうであれ、ダグのような熱意あふれる栽培家達の飽くなき挑戦がワイン産地の顔を彩り、いつしか歴史や伝統にまでなっていくのでしょう。

「来年許可が下りそうだから、アルバリーニョ種を試しに植え始めるつもりさ。ガリシア地方(スペイン)はギズボーンみたいにやったら雨が多いからここでも間違いなくうまいこと育つと思うんだよ。どう思う?」

子供のように話すダグの目はもうすでに、次なる野望へ向けられていました。きっと大昔の修道士たちもあーでもないこーでもないといいながら、ダグのようにワインを愛する者に、特有のいい顔をしていたのではないでしょうか。

2007年4月掲載
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