NZ Wine Column
ニュージーランドワインコラム
復活を目指して
第232回コラム(Oct/2023)
復活を目指して
Text: 寺口信生/Shinobu Teraguchi
寺口信生

著者紹介

寺口信生
Shinobu Teraguchi

MUTU “睦“ワインメーカー | ワイン醸造技術管理士(エノログ)
日本では成城石井の子会社である東京ヨーロッパ貿易の代表取締役として、輸入商品の統括、特にワインに関してはエノログの知識を活かしアドバイスを行った。
2017年にNZに移住、ニュージーランドで最初にワインが造られたホークス・ベイで、2019年よりMUTU“睦”ブランドワインメーカーとしてワイン醸造を行う。ワインは2021年より(株)都光を輸入元として全国で販売されている。現在ネイピア在住。

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今年は、日本でも多くの地域で大雨の被害があったようですが、一日も早い復興をお祈りしています。ニュージーランド、特にオークランドホークス・ベイでも2月12~14日にかけて襲ったサイクロン(台風)『ガブリエル』の影響で、甚大な被害を受けました。私の所属するワイナリーも壊滅的な打撃を受けてしまいました。収穫直前で自分がこのような被害者になるとは思ってもいませんでした。

元々は、別の地域を警戒していましたが、台風の進路がずれてホークス・ベイにきました。当日はあまりの激しさに作業を中断したところも多くありました。私は仕事でタウランガというところにいたため、直撃は受けませんでしたが、家族との連絡も一時難しくなり、不安な夜を過ごしました。

翌日、被害の状況が少しずつ判明してきます。ネイピアに戻る道は崖が崩れたため使用できず街が孤立して、しかも電気が止まっており、ニュージーランドは電気調理器を使う所が多いため、料理もできない状態であると言うこと、スマートフォンも充電がなくなった時点で終わりという大変な状況でした。
そのため、家に戻るに当たっては、別の道で迂回しなくてはならなくなったのですが、通常4時間程度かかる予定が10時間を超えることとなってしまいました。2日足止めをされた後、一部道路が開通したため、ジェネレーターやガスコンロなどを買って帰宅しましたが、その後も4日ほど電気の無い状態で過ごさなくてはなりませんでした。ニュージーランドはお湯も電気を使って暖めているため、お風呂にも入れないという未曾有の経験でした。

台風通過直後から、ワイナリーのあるプケタプ地区はほぼ水没して大打撃をうけたと連絡はきていましたが、ワイナリーへの道が水没、また橋の倒壊のため近づくことができず、5日後ようやくトラックであれば通行できると言うことでスタッフと協力して行きました。

道の途中では既に多くの家屋が泥にまみれており、リンゴ畑も泥に埋まっているのをみて不安は広がるばかりでしたが、なんとかたどり着いたワイナリーで目の前に広がっていたのは、想像を絶する悲惨な状況でした、ワイナリー全体が30cm以上の厚さで泥の下に埋まっており、そこに有った収穫を待つばかりだったシャルドネの畑は跡形もなく消滅していました。
改装してオープンしたばかりのセラードアも全てを流されてしまいました。ワイナリーの中も全て泥に埋まってしまい、準備をしていた樽は流失、多くのタンクは倒れてしまっていました。このような状況でも泥が深くぬかるんでいるため、歩くこともままならず、また復旧作業などは泥が乾いて歩けるようにならないとできないという絶望的な状態でした。あまりのひどさに声も出ず、途方に暮れて立ち尽くしてしまいました。

現在でもワイナリーの復興のめどは立っておらず、2019年から5年、やっとMUTU”睦”が軌道に乗ってきたところだけに残念でなりません。ただ、2021年産のワインについては、既に瓶詰めをして別のところに保管していたため被害を免れたためにしばらくの間は引き続き商品を供給できるのが唯一の救いです。
改めて2023年の収穫ですが、残念ながら台風の影響で大変厳しいものとなっています。多くのベテランワインメーカーの方たちも経験の無いほど厳しいものと言っています。葡萄は全体的に糖度や酸度が十分ではないものが多く、バランスを保つに苦労しました。とても厳しい収穫の中でも、全員がベストを尽くしました。そういった意味では2023年は厳しい年ですが、全員の記憶に残る収穫となったといえます。

これから2023年のワインが出てきますが、皆さんもこのワインは最悪の環境の中、ニュージーランドの全員がベストを尽くして造り上げたワインだということを想いながら味わっていただければと思います。葡萄は農産物なので常に自然の影響を受けます。2023年は地球温暖化の影響を強く受けた初めての年でしょう。

私自身は、ワイナリーがなくなってしまったため、Hawkes Bay Wine Co.(HBWC)というところでワイン造りを手伝いながら、自分のワインも醸造しています。ここは自らのワインを造りながら、小規模のワインメーカーの委託醸造を引き受けているワイナリーで、小さなタンク1つ、樽数個のワインから手掛けることができます。多くの小規模ワインメーカーがここでワインを造っています。いろいろなワインメーカーが出入りしているので、自分ひとりでは気がつかないテクニックや考え方に触れる機会がとても増えたことは良い点です。

葡萄については、残念ながら畑がなくなってしまったため大きな生産者から購入したり新たな契約葡萄畑を探すなど、ともに働くニュージーランド・ワインメーカーの助言を借りながら試行錯誤の毎日です。

被害は多岐にわたっており、我々の他にも9ワイナリーが大きな被害を受けています。また、今回の台風の後、家や畑を失った人、住んでいる地域が危険区域に指定されたため、戻ることもままならず引っ越しをせざるを得なくなった人など、郊外を車で走るとまだまだ台風の傷跡が残っています。そんな中でも地域の協力の下一歩一歩復興に進んでいます。

MUTU”睦“についても新しいステージ、復活に向けて新たな取り組みをどんどんしていかなくてはなりません。良いワインを造りたいという想いに変わりはありませんが、それ以外にも多くのハードルが目の前にあるものの、諦めずに一つ一つ解決して前に進んでいきたいと思います。是非応援をよろしくお願いいたします。


Mutuを飲めるお店はこちら

maru 2F(バー・マル)
東京都中央区八丁堀3-22-10 2F

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